2007年02月28日

音を付けて練習します

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せっかく手に入れた「A」と「E」ですからちゃんと高さを付けて練習しましょう。

今まで書いてきた事が歌う人だけに向けて書いてるように思われたかも知れませんが、
ナレーションや朗読や演劇の人たちにも読んで頂きたいと思っています。
声を使うという意味では全く同じだと私は思っていますから。
事実ナレーションの為に通ってくれている生徒さんも居ますし、
十分同じ練習で成果を上げています。

歌わないから音の高さは要らないなんて思わないでくださいね。
だってイントネーションは音の高さを伴っている訳ですもの。

ピアノの中央の「ソ」の音を中心に練習すると良いですよ。
一番誰でも出しやすい高さですから。
しかも聞いていても一番好感を持たれる音高だそうです。

たとえば

音 | ソ ラ ソ | ソ ラ ソ ラ| ラ ソ ソ ラ

発音| A E A | A E E A | E A E A

など色々な組み合わせでやってみてください。
余り高音や低音でなくても良いです。

昨日も書いたように一音ずつ切るように歌うのでなく、
舌だけを動かすようにします。
色々な舌の位置を試して美しく響くものを探して欲しいのです。
少し変えるだけで音色が変わるので、細心の注意を払って欲しいのです。
楽しげな音だったり悲しく聞こえたり・・・
飛び出したり、くすんだり、暗かったり、余りに平べったい響きだったり
色々な音が自分の口から出るのを聞いて、それはどんな風に口を開けたらとか
どこに息を当てたらとかデータを作っておかねばなりません。

音色が決まって初めはゆっくり練習して、慣れたら早く発音したり
同じ事を3回続けてみたりとか工夫して頂きたいと思います。

何よりも気を付けたいのは出だしの音を出す時に喉を使わない事です。
発音に気を取られてすっかり忘れてしまう生徒さんがとても多いのです。
身体のポジションを忘れたり、音を出す前に息の流れを作る事を
忘れないで練習してください。


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2007年02月27日

母音練習 2

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「E」は比較的掴みやすいと思います。

「A」を発音して口の状態をそのままにしてゆっくりと
舌を「E」に変化させます。
決して一つずつ発音するのでなく、「A」からいつのまにか
「E」に変わったという感じで発音します。

舌の位置がどうこうというのも大事ですが、何よりも
耳を使わなければいけません。
聞いて不自然では何の用もなさないからです。

第一、人の顔は一人ずつ違い、従って骨格も皮膚や内臓も
それぞれ違うのです。
私がこうであってもあなたにとって同じ場所に舌を置いても
同じ響きではないのです。
もちろん「人類」という事では共通ですから
そんなにひどく変わるわけではありませんけれど・・・

私が生徒さんに言う事はこうです。

頭の上に的をイメージします。どんな発音を持ってきても
ど真ん中に当たらなくてはいけません。


とにかく徹底的に自分の発音を聞かせます。
面白い事に的を設定していないと部屋中に声が散らばります。

もちろん生徒さんはそんな事を考えた事もないので
最初は何を言われているのかがわかりませんが、
私がマネをして生徒さんが発音して当たった場所に
声を当てるという事を繰り返すと段々気がついてきます。

もちろん1回2回ではわかるはずもないので、
これは根気のいる作業です。
でももうこれをする段階まで来ると皆さんは目が輝いてきます。

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2007年02月26日

母音練習

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ある程度声を出す事に慣れたらいよいよ発音の練習に入ります。

まずは「A」の発音を完ぺきに出せる事でしょう。
舌の位置、舌根が下りている事、軟口蓋の高さの保持、
息の当てる場所は上の前歯の真裏であることなどに
常に注意が向く事です。
意識としては左右の上の奥歯の間、つまり軟口蓋と硬口蓋の
中間の位置に声が当たっているような感覚でしょうか。

どんな音高に於いても完全に「A」が発音出来るようになったら
次は「E」です。

開けた口の大きさは「A」のままです。違いは舌の先です。
下の歯の裏に着けた「A」の時の舌の先を少し下の歯の裏に
押しつけるようにします。

日本語の「え」は唇を少し横に引きますが、
歌う時にそうすると音色の変化で響きが変わって
いびつに聞こえてしまいます。

ジャンルによって響きが美しすぎると言われるかも
知れませんが、まずは基本練習と捕らえて下さい。
表現や歌詞の内容に合う合わないは基本の響きを
捕らえてから考えればよいのです。

「え」と聞こえる母音は明るいものから暗いものまで
何十種類もあるのですから。
その中から選べるようになるのが歌手でしょう。

posted by キミコ at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 発音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月19日

レッスン風景が続きます

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いつも通りに今日もレッスンをしていました。
発声練習をしている時に生徒さんが言いました。
「ポップスの歌手のように話し声の範囲で発声練習をしたら
苦しいし、先生の声のように先が丸い感じがしません。」

この人はいつも面白い表現をするのですが、
そのジャンルの人は歌っている時に確かに高音部にくると
ピッチに届いてない声になっているからそれを指しているのです。
この人は歌い出してからもう3年以上経過しているので、
高音部に来たらどんな風に対応したらよいのかは
既によく知っているのです。

私はもう歌い出して40年ほどになるので、比較にはならないでしょう
と笑って答えておきましたが。



でも確かにこの「響き」の問題は難関なのです。
お酒のように発酵期間が確実に必要ですし、練習している内に
ある日突然降って湧いたように出来てしまうものなのです。
この人は去年頃からそれに挑戦しているのですが、
言えば出来る所までには達しているものの、まだもう一つ掴めていません。

どのジャンルでも絶対に歌手として必要なものはこの「響き」なのです。
これを掴もうとしてみんな躍起になるのですがそうは問屋が卸しません。

骨伝導を通しているからまず自分の声に慣れないといけない事。
きちんと身体が動かせる事。
息のコントロールが出来る事。
何よりも声を聞き分け、微妙な違いを聞き分ける耳が育っている事。
まずはこの前提条件が確実に出来ていないと単に無謀な企てでしかないでしょう。

一番恐れているのは響き=大きな声だと思っている人が
殆どだという事です。
そうなると大きな声を出せばいいんでしょう!とばかりに
声帯の事など完全無視で叫ぶ練習をする事になります。
その結果がどうなるかはこれを読んで頂いてる方達には
わかりすぎるほどおわかりですね。

口から出る息と鼻から出る息をミックスさせないと
「先の丸い」つまりまろやかで安定した響きは
出す事が出来ません。

響きは頭蓋骨内部の色んな場所に共鳴する事で出るのです。
この世に全く同じ顔かたちの人は居ません。(双子を除いて)
当然響きも各人当たる場所が違います。
だから私が自分でここに響くと言っても他の人には全く当てはまらない
というところがこれを教えにくくしている訳です。
だからこそ個性のある声が出るわけですもの。

どんなに説明しても初めは全く掴んでもらえません。
第一顔の中を開けて「ここに当てて」といってもそれでも説明不能でしょう。
辛抱と鋭い聞き分けられる耳、これしか響きを掴む道具はありません。

今この人は一番の難関にさしかかっているのです。
聞き分ける耳はこうして私に話をしてくれるくらい育っているから
ある日突然確実に出来る日も間近いのです。

楽しみにこの人が熟成するのを待ちましょう・・・・
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2007年02月18日

トレーニング以前C

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「トレーニング以前」と銘打って書き出しましたが、
これでやっと元に戻れます。

この2月から通い出した生徒さんが私より二歳上なのですが、
丁度以前の私のようだというので書き出したら
こんな風になってしまったのです。
この方は運動経験がなくてその為筋肉がほとんどなくて、
身体も引き締まっていません。

ジムに通いたかったそうなのですが、はんこ持参で受付に行ったらしいのですが
あなたのメニューを組みます と言われて帰ってきたそうです。
運動音痴なのに運動を押しつけられるようなのがいやだったと思われます。

私のトレーニングの入会要項にレッスンの流れをコピーしたものを
お渡ししていたのですが、やはり「運動」というところに引っかかっていたようです。

それでも第一日目からストレッチを始めた途端に身体が強ばったままの自分に対して
「これはやらないと自分のためにならないと思った」と帰りがけに言われました。
やはりどこかで以前の自分に区切りをつけたかったんでしょうね。
私と二人だけのトレーニングですから人目を気にする事もないので
安心だったのでしょうか。

先週の二度目のレッスンではちゃんとノートを作って来られました。
ストレッチのメニューの紙もお渡ししてましたが、
動作をしてはその都度熱心にメモを取っておられました。
特に筋トレのメニューはどんどん変化していくので、
こんな風にして置いてもらうと私も助かります。

しかしこの方はストレッチ以前にまずマッサージをしないと
身体を伸ばす事さえ出来ません。
まるで健康道場のような雰囲気で1時間枠を軽く超えて
殆どがマッサージタイムになってしまいました。
ちゃきちゃきと気働きの利く人は常に自分の環境に対して
アンテナを巡らせているからその結果身体が強ばるのです。

私も母親のしつけが大変厳しく、常にそんな風で居ろと言われてましたから
今でも覚えていて苦々しいのは美容院のシャンプー台です。
髪を洗い終えて椅子を戻される時に美容師さんに起こしてもらう体勢になるのに、
体重を掛けたら悪いとずっと身構えているのです。
一番気持ちの良いはずの洗髪でこれですから美容院から帰った後は
いつもぐったり疲れていました。信じてもらえないかも知れないですね。

でもいつもこれではいけないと、あの野口体操式に頭を切り換えて
シャンプー台に体重を掛けるという「体操」をすることにして
それ以後はすっかりリラックスしていますが・・・

体の凝り方でどんな性格なのか大体わかるので、この方はまさしく
その私のような人なのだとおかしくなってしまいました。
マッサージに行かないのは人に身体を預けられないからのようです。
段々そんなところも変えていく事が出来るでしょう。

「変えていく」と書きましたが私が変えるわけではありません。
自分が気づく事が一番大事だと思っていますので、
私が野口体操で気づいた事をレッスンを通して感じて頂くわけです。

これでまた私の楽しみが増えました。



ラベル:野口体操
posted by キミコ at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 野口体操 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

トレーニング以前B

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もう少し付き合って頂かないと話が中途半端になります。

野口体操を知って、その後結婚して子供が出来て・・・
約15年が過ぎました。
30キロ台の体重がホルモンの作用でどんどん成長して
どうしようもなくなってきました。
何しろ運動大嫌いなのですから、当たり前でしょう。
さすがにそんな自分に嫌気が差してきて筋トレを始めたのが
腹筋とダンベル、足の筋肉でした。

一人で黙々となんて馬鹿らしくて出来ないのでビデオを買いました。
就寝前にそれをかけながらやりました。
初めはもちろん筋肉なんて存在しない私でしたから
腹筋なんて5回も出来ません!ダンベルだって1キロの重りでも
手が上がりにくいほどでした。

しかし歌やピアノの練習と同じで一度始めた事を持続するのは
私には大した苦労でもありません。ちゃんと1年続きました。
止めたのはダンベル5キロ、腹筋200回が平気で
出来るようになって、それでもまだ記録更新出来るのが
空恐ろしくなったからです。
それにちょうど介護で忙しくなった事もあって止めました。
もちろん身体が締まったのは言うまでもありません。
歌声についてはかなり変化はありましたが細かい問題が
山積したままでした。

それから10年ほど経って、夫に誘われたスポーツジムが
私の身体に大変化をもたらしてくれました。
その頃介護ですっかり腕と肩をやられて、
料理のお箸使いさえ怪しくなっていた事、
股関節も痛みが出て足元がおぼつかなくなっていて
年に2〜3度も自転車で転んでいました。
ブレーキを掛ける握力がない事と足元が危ういので
急に止まれないのです。片足に掛けた体重が支えきれずに
転んでしまうのでした。

さすがに運動嫌いでもこれは不味いと思って話に乗りました。
初めの1年はストレッチさえ大変でした。全身が痛んでいたから
まともに伸ばす事も出来なかったからです。
水中歩行も水の流れのお陰でプールの真ん中で足が動かなくなって
前進出来ず立ち往生している事が多かったのでした。

それでも床に伸ばした足の膝の裏が曲がっていたのが
まっすぐに伸びる頃にはバーベル運動を始める事が出来ていました。
同時にヨガやピラティスの動きを取り入れた、一見野口体操風な運動も始め、
それによってバランス運動を十分に出来ました。
それらのお陰でインナーマッスルがしっかり鍛えられて、
自分でも驚く程の声が出るようになったのです。

腹筋や背筋だけが出来てもだめだとよくわかりました。
結局歌に必要なのはバランスとインナーマッスルで、
それらが出来ていないと声の揺れや息の支えが困難だったのです。
これで楽器を作る事が出来るのだと悟った事でした。

ラベル:野口体操
posted by キミコ at 11:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 野口体操 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月16日

トレーニング以前A 野口体操

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昨夜はもう眠くて眠くて・・・・というわけで
途中になってしまいましたが。

学校にいる間は本当にぱっとしない私でしたが、
卒業後に学校の先生達に誘われて、
京都郊外の駅前商店街の肉屋の二階を借りた体操教室に
2年間通いました。
それは本当に風変わりな体操で、筋肉運動のためにだけ
するものではないのです。

「野口体操」といわれるのですが、

http://www17.ocn.ne.jp/~noguchi/taisoutoha/taisoutoha-honbun.html

詳しくはご覧になって頂くとして、私のそこから受けたものは
この2年間がなければ今の私は無かったのです、
というくらい計り知る事が出来ません。

私が受けた感じでは、とにかくある動きをやってみて、
形を追求するのでなくてそれをしている自分を見るのです。
形を味わい、そこからイメージを持つ、また重力に逆らわない事で
身体の重みを感じて脱力出来るという事も学べました。

ピラティスやヨガも身体を操作するという感覚は似ていますが、またそれとは違うのです。

百人の人間が同じ動きをしたとして、自分の中に受けるイメージが
きっと全員違っていて色々な形やあり方が産まれてきて
それがそのままその人だけの体操になるって感じでしょうか。

その自由さがとても気に入ったのです。
歌詞の解釈がそれぞれ違うように、固定されない考え方が
実は大事なのではないかと実感させられました。

骨盤の動かし方もここで教わったのです。
全く概念にない事を身体に取り入れる事は面白いし難しいものです。
それを出来るようになるまでに1年ぐらいかかったかも知れません。

この教室(というより同好会かも)でのやり方はこんな感じでした。

例えばまっすぐ立った体勢から前屈して床に手をつけといわれたら
身体の硬い人ならひざ辺りまでしか手が行かない
という方も多いのではないでしょうか。

それを
「お腹と太ももを仲良くさせてみて」
と声を掛けられたらどうなるか・・・
生徒さん達に初期からずっと試していますが、
かなりの割合で床に手が着く人が多いのです。

「おへそと鳩尾を遠くして」というのもここで学んだ事なのです。

筋肉の力で重力に逆らって無理に身体を前屈させるのではなく
お腹と太ももを仲良くするというこの言葉の裏にも、
力任せでない感覚が溢れていて何か良いと思いませんか?

北風と太陽の寓話のように、無理に力に任せて動作をしない
という考えは人生のどの場面にでも生かされるでしょう。

多くの事をこの教室から学べた私は幸せでした。

また続きます。

ラベル:野口体操
posted by キミコ at 15:46| Comment(4) | TrackBack(0) | 野口体操 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月15日

トレーニング以前・・・・

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最近、熟年層はとても意欲的に動いているようです。
一昔前のように家に引きこもって、という風な人は
少ないようですね。
私の世代の少し上の層は「団塊世代」なのです。
戦後の経済成長の恩恵を受けていますから、
消費する楽しみを知っています。

その消費先は単に楽しみだけにではなくて、
自分への投資という方向性を持っているように思えます。
案外「錦の御旗」なのかも知れませんが、それはさておき
とても素晴らしい考えだと思います。

私は現在スポーツジムに通っています。
もうこの6月でまるまる5年になるのです。
夫が誘ってくれたのに乗ったのですが、
面倒くさがりの私ですから夫が荷物と共に私を
ジムに届けてくれなかったらあっさりと1月もしないで
断念していた事でしょう。

実は私はスポーツオンチなのです。
身体は有り難い事に柔らかかったのですが
どうも動く事が苦手でじっと座って本を読むのが
何よりの楽しみだったのです。
50メートルを12秒という超低速で走る才能の
持ち主なのです。
そんな風な人間が何で運動会を楽しみに出来るでしょうか。

というわけで学生時代はずっと運動を避けて来ました。
クラブ活動は美術クラブと聖歌隊でした。
筋肉などつくわけもなく155センチで30キロ台で
大学を卒業しました。

そんな私でも神様のいたずらなのか声楽を勉強する事になって
いやでも自分の身体と向き合う事になるとは・・・

明日に続きます
posted by キミコ at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

年取ると・・・

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昨日は還暦を過ぎた男性の生徒さんのレッスンで感じた事ですが。
私がきちんとしているつもりでも、案外ちゃんと伝わらないのです。

この方はさすがにお年を召され、筋肉が堅くなっていて、
肩こりもひどいのです。
左の鎖骨から肩にかけてが、右のそれと長さが違ってしまっています。
本人も困っては居ますが積極的に治療しようとまで至っていません。

それに相まって緊張する性格で、レッスンになると途端に
畏まって肩胛骨を浮かしてしまうクセがあるのです。
その度に指摘するのですがどうももう一つちゃんと
自分の身体を観察する事が出来ません。

昨日もレッスン中の身体の動きを観察していると
以前から気づいては居るのですが肋骨が膨らみません。
余りに気になるもので、それを気づいてもらうために
脇腹に両手を縦に指先を下に向けて触っておいてもらいました。

その状態で息を詰めてもらい、肋骨が膨らむ事を
確かめてもらいます。
その状態で声を出すと丁度バイオリンの弦を
ぴんと張った状態の実に張りのある素晴らしい声が出るのです。
もちろん本人は思わぬ声が出て喜んだのは言うまでもありません。

本人は「私は胃だけを膨らませていたのですね。
横に開いていない事に気がつきませんでした。」
と言われました。

まさか胃に空気が入ってるわけではないのですけれど。笑


でも発声を続けてもらって居る間に段々動きが小さくなっていくのです。

それでようやく私も気づきました。

つまり筋肉が堅くなっているから動きを保持できないことに・・・


そこら辺が加齢の所為で困難なのですね。
老人といわれる年齢で歌手を続けるのが困難な理由は
ここにあるのです。
私も心せねばならないなと思いましたね。

実は私も疲れると時々声がハスキーになるのです。
これは声の衰えなどではなく、声帯周辺の筋肉が凝ったからです。
そうなり始めた頃はそれがわからず、かなり悩んだ時期もありましたよ。

ちょっと歌う前に首周辺のマッサージをするだけでかなり改善されます。

首を横に傾けて上側になった耳たぶから鎖骨にかけての線をさすり下ろします。
声帯周辺を優しく押すのも有効です。
ちょっと咳が出るかも知れませんが手加減して押すのです。
意外と押すと痛い場所があると思いますよ。
風邪を引いた後痰が絡む時は気持ちが良い程度触ればよいと思います。


首周りはとにかく冷やさないようにして下さい。
最近の流行の服は胸回りが開き過ぎて完全に喉に
ダメージを与えます。

それと水分は必ず意識して摂って下さいね。
1時間に100ccの割合で飲むとよいそうですが、
歌う人にはもっと必要です。

もちろん私はその生徒さんに言いましたよ。

トレーニングの前にストレッチを。
その前にマッサージが必要ですと。

歌う人にとっては身体が楽器ですからね。
ぴんと張った声を欲しいのなら
まず楽器のメンテナンスなのです。
posted by キミコ at 01:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 身体のメンテナンス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月12日

嬉しかった事

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土曜日にいつも通りにレッスンをして居ての事です。
この日は以前から声の通りにくい生徒さんの来る日です。
とても熱心にレッスンに取り組んで受け止めて帰って、
次のレッスンには何らかの形をつけてくる人です。

喉が開けられない、あごを突き出す、身体が硬い・・・
どれを取っても毎回ごたついて大変でした。
しかしそれをカバー出来る熱心さがあり、他の同じような
悩みを持つ人たちから考えると異例の上達の早さでしたので、
私も毎回楽しみにレッスンしていました。

この日はまず首から下の部分の丹田とか背中、鳩尾など
各パーツがいかに統合されるかのチェックをした後
暖かい息から声を出すという練習を音高を伴って始めました。
息を吐くとどうしても鎖骨周辺が陥没していくのです。
そうなると声は膨らまず、いかにも硬い声になるのです。

有名ミュージシャンと言われて売り上げを誇っている人たちにも
こんな人が多いですね。
胸が落ちているから声が伸びません。
それを伸ばすために喉を絞める事でカバーしようとします。
だから喉には縦の筋が入り、額には青筋さえ立てる人・・・
(悪いですが将来は期待出来ません。
売り上げ枚数だけを考えて居るようですし・・・)



この人はかなり緊張するクセがあるので、声を出しているうちに
段々身体を固めてしまうのです。
それで途中に首をすくめたり、両手で自分を抱きしめるようにして
首周辺の筋肉を縮めるストレッチを入れながら練習しました。

これまでのこの人は音量が小さくてなんとか突破口を開こうと
毎回試みるのですが、いかんせん体の固さが邪魔をします。
声を出した途端にこれまでの悪い習慣がつい顔を出して
身体を固めてしまうのです。
叫べば音量がアップすると信じている人にはどうしても
こんな癖がついてしまいがちです。

回り道かも知れませんが、まずは首周辺の堅さを取る。
その為には身体全体の統合が出来ていなければなりません。
ところがこれが待てないで止めてしまう人が多いのですが・・・
硬くするクセさえ無くなれば後は喉を開ける事が出来て
身体を緩めようという脳からの指令とタイミングが合えば
必ず誰にでも可能な事なのです。

声帯周辺が少し暖まってきたのとストレッチする事で
少し緊張が取れだしたのか、声を出す瞬間に膝を曲げて
声を出し続けながら元の姿勢に戻るという練習をしているうちに
身体が緩んだのかぽんと一声通る声が出ました。
一度きっかけが掴めると後はその状態を正確に観察把握
さえできれば成功のパーセンテージが上がるものなのです。

なぜボイストレーナーにつかないとだめなのかというのは
こういうところにあるのです。
きっかけを正確に掴ませれば上達は早いし、変な癖がつくのを
確実に押さえる事が出来ますからね。
一度傷めた声帯は元に戻る事はありません。
声の健康のためにも是非トレーナーについて頂きたいものです。

それまでの緊張していたこの人の顔が一遍にほころび
顔の筋肉も緊張が取れてその後はちゃんと音量を伴った声が
ずっと連続して出す事が出来ました。

かくしてこの人は第一段階を確実に突破出来たのです。
ラベル:発声
posted by キミコ at 12:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 発声 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月10日

声量の増大について

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皆さんからのお悩みトップがこの問題なのです。

何がそれを阻んでいるかというと・・・

1 正しいメカニズムが使えていない事
2 大きく出そうとして喉にかかった力を抜けない事
3 口の開け方が不味い事
4 インナーマッスルがないから出ない事


etc.

1については12月以降の記事に述べています。

2声が出ないからと力任せに喉を絞めながら歌うと
当然だめな事はこれまでに何度も書いてきました。
声量の増大どころか確実に声帯を傷めます。
暖かい息に方法を書きました。
声を出した後にそれが楽だったかどうかを
自分に聞くという協調作業にかかっています。

3については実際のレッスンにならないと多分
いくら書いても難しいかも知れません。

ある音から何度か音程が上がるパターンがあったとします。
初めの音を発音してその音を続けている間に胸を上げる事と
あごを下げる事です。そうして2音目を発音する事です。

但しこれは2音目を楽に出せる事なので、直接声量を上げる事には
繋がらないかも知れませんが、身体は楽なのでそのきっかけになる事は
確かです。

4については私の体験からはっきり確信を持って言う事が出来ます。
筋トレによってひょろひょろの声ではなく、まさにお腹の底から伸びやかに
出す事が出来るようになりました。

お腹の表面の筋力でなくて、もっと奥のインナーマッスルを鍛える事です。
私の場合はピラティスやヨガが力を与えてくれました。
もしそういうチャンスがないとしても、確実な腹筋や背筋がそれを
約束してくれる事でしょう。

補足として今更ながらに説明を書いています

これについては今日はおへそですに詳しく書きました。


いずれにせよ声量のアップについては近道はあり得ない事を
まず頭に入れて自分の感覚の中に入れて、
自分で身体を操作出来るようにしなければなりません。

一体いつ頃からこうなったのでしょうか。
何でも素早く簡単にというのが最近の美徳らしいのですが
それは歌う事についてはまずあり得ない話です。

あなたは貯金をするのにどうされますか?
一日にして1千万円を預金出来るでしょうか?

酒は仕込んでもすぐには飲めない事はご存じですね。
発酵時間が必ず要る事は周知の事実です。
正しい方法を正しく、辛抱強く実践出来る人だけが
それを勝ち取る事が出来るのです。
posted by キミコ at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 発声 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月08日

フレーズの納め方A

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私は自分がクラシックで育っているからかも知れませんが
「邦楽」を聞くと納め方がとても気になるのです。
確かにクラシックとは違って何でもありの世界ではあるとは
思いますが、
聞いてきて歌詞の中身とはそぐわないだろうと言いたく
なるような切り方をする歌手が多いですね。

一番多いのが喉で切る形です。
いかにもばっさりと無造作に切るのは聞いていて
喉が痛くなります。
それは声の健康を損ねる事は既に書きましたので
覚えておられますね。
聞き苦しいし、切り方が如何にも乱暴だしその切り方を続けていると
すっかりクセになって抜けなくなる事が怖いです。
しかもその切り方でフレーズを全部納めると単調です。
きちんと考えられた納め方を是非工夫して欲しいなと思います。

演歌なら声をまっすぐに伸ばさないで揺りを入れますね。
ずっと喉を開けっぱなしにすると形にならないので
喉を絞めたり開けたりと変化をつけると健康も損なわれず
声の伸びが美しく気持ちよく聞けますね。


フレーズの納め方は余程工夫をしないと歌詞を壊しかねません。
それは歌詞に余韻を与える役目が科せられているからです。
歌詞の間の短い切れ目であろうが長いフレーズの最後であろうが、
その切る長さを工夫するだけで歌詞がグンと生かされる事があります。

普段の会話でも例えば語尾を上げると喧嘩でもしたいのかと
思う事もあるし、反対に下げると随分優しく聞こえる事もありますね。
言葉の最後を長く伸ばすと面白く聞こえたり柔らかくなったり・・・
会話に色を付けるのは全て語尾です。
それを歌にも生かせば驚くほど歌が生きる場合があります。

それに付随して強弱も考えればもっと変幻自在になるでしょう。
大事な言葉の周りはわざと小さくしてみたり、
納め方の最後の言葉を大きく終わったり小さく終わったり
する事も変化をつける事になります。


今日はボイストレーニングからはみ出たかも知れませんが
こういう工夫も歌の醍醐味と思うのです。
posted by キミコ at 23:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 歌 関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月07日

フレーズの納め方@

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前回は歌い出しについての話をしました。
今回はフレーズの納め方について書いてみたいと思います。

息継ぎの前や歌い終わりについて皆さんはどの位配慮をしていますか?
生徒さん達をずっと見ていた経験から言うと、呆れるほど何も
考えていない人が圧倒的だと思います。
恐らく詩の解釈もなされていないからだとも思いますが、
無造作な扱いになっている場合が多いようです。

前回の歌い出しについての記述をご覧頂くとおわかりでしょうが、
書き出してみると非常に複雑でしたね。
初めがあれば終わりがあるのは何に置いてもそうですが、
歌についても変わる所はありません。

歌の最後の部分でない限り息継ぎの次は歌い出しに繋がる事を
忘れてはいけません。


私もかなり以前ですがこの事に思い至って妙に納得しました。
曲の歌い出しについては自分でもかなり意識してやるのですが、
何度も来る息継ぎの次に来る歌い出しについて余りにも
無造作だったからです。
なぜなら途中で息が足りなくなって最後の音になると息切れをしたりという箇所が
必ず歌のどこかに潜んでいたのですから。
きっと心当たりのある方が多いと思います。

この対処法ですが、息の最後で必ず口を閉じないといけません。

とこんな風に書くと、そんな事当たり前じゃないか!と思われるかも知れません。
またはそんな事気にした事がなかった!という方も居られる事でしょう。
案外無意識のうちに処理されている事が多いようです。

楽譜を見ながら歌っている方なら、息の最後にアンダーラインを引きましょう。
その箇所で確実に口を閉じているでしょうか。
歌詞を見ながら歌っている方は、特にきちんとラインを引いて下さい。
まず殆どの人は口が開いたままになっているはずです。


ちょっと試して頂きたいのですが、

口を開けたまま息を吸ってみて下さい。
次に口を閉じて意識して鼻から吸ってみて下さい。

どちらがきちんと吸ったという満足感がありましたか?

以前に(1/10参照)息を吸わないでと書いた事があるのを
覚えておられますか?
矛盾してると思われた方、記憶の良さを誇って下さって良いですよ。

その通り!単に思い切り吸うという意味ではもちろんありません。
必ず肋骨や肩胛骨を膨らませる、横隔膜を下げる、などの
一連の筋肉運動を伴って下さいね。

口で息を吸って筋肉運動をするのと、確実に口を閉じた上でそうするのと
どちらがた易いでしょうか?

どれだけ確実に意識化させた上で行動する事が大事かおわかりでしょうか。

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2007年02月06日

出だしは怖い!A

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少し戻りますが、「ナイショの息」という存在のために
自分が考えていた出だしから一つずれるという事は
ちゃんと第一声を出す前の所要時間として計算されねばなりません。

ゆっくりなテンポの曲の時にはそんなに困る事ではないでしょうが、
早い曲では暖かい息を作る前にちゃんと歌う体勢に身体を整えておかないと
暖かい息から次の声を出す事に素早く繋げる事が出来ません。
これは丹田から出だしに間に合うように息を送る為の力を
送ってもらうためです。

なぜ初心者にこれが出来ないかという事は
つまり身体を整えるという概念がないからなのですね。
息を詰めて喉から声を爆発させればそれで歌い出しだと思ってるからです。

これだけの前準備が出来ていないと実は歌えないのです。
そして速いテンポの曲では前準備と共にリズム感も
ついてこないというこれも大変な問題が存在していますね。

まず息を吸うタイミングを掴むのが大変でしょう。
第一声が出るまでの間に実にこれだけの事をします。

1 まず「さん はい!」と歌い出す前に息を吸いますね。
その時に私がずっと書いているようにあなたの身体は
対応出来ているでしょうか?
鼻から息を吸う時に横隔膜も一緒に動いていますか?

2 次は1秒の半分くらいの時間ですが肺に入った息を
周りの筋肉の力で一瞬保持をします。つまり呼吸を止めます。

3 それから口を開けます。 
ここが大事なのですが、息を吸っている時には口は必ず
閉めるようにします。
口で呼吸をするクセがつくと喉は乾燥するし、雑菌も入り放題です。
自分の健康を守るためにも口呼吸はしてはいけません。

ところがなぜかこれを守れる人は少ないのです。
何年もの生徒さんのなかにもいつまでも同じ事を
言わせて下さる方も居られるくらいですから。


4 口を開けたら軟口蓋(口の奥の上側を舌で探ると柔らかい感触のする場所)
を上げてさらにその奥を上げます。それをするために上の奥歯を高く上げるんでしたね。

5 同時に舌の根本をぐっと下げます。これで喉の上下の空間が確保されました。
もちろん舌先は下の前歯の裏に当てておきます。

6 耳たぶの手前のあごの関節もしっかり開いていますか?
これも同時に意識に入れておきましょう。

これだけの事を1秒もかからずにやってのけて、

7 次の瞬間には前歯の上に温かいナイショの息をかけます。
そのまま徐々に息から声に移行させます。

これで第一声があなたの口から発せられるのです。

この順序は必ず守らないといけません。
同時進行はあり得ない事なのです。

なぜなのかは順序を守った時と守れていない時を比べると、
自ずとここに書く必要が無いからです。

またそれを意識の中に入れられないほど何気なくやっているようでは
到底歌詞の付いた歌を歌おうと考えてはいけません。
なぜなら歌詞の解釈、言葉の発音、音程、速度、強弱など
歌には余りに色々な要素がつきまとうのですから。

歌うには俊敏な頭脳と計算が必要で、歌い出しに関する事程度で
引っかかっていてはその先は推して知るべしでしょう。
スムーズな歌い出しが歌の全てを決定するのですから、
是が非でも身につけて下さい。

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2007年02月04日

出だしは怖い!@

4-19-6a_small.jpg

今日は出だしの話をしてみましょうか。

普通の曲なら大抵は前奏があって曲の流れを作っておいて
歌い出しとなりますね。
コンクールなどで百人以上の応募者の審査の時に
審査員はどうしていると思いますか?
彼らが必ず聞き漏らさないのは歌い出しです。
だから早い人はもうそれを聞いただけで後は耳を閉じます。
長くても8小節も聞いていないでしょう。
そうでもしないと人数が多くて疲労困憊してしまいますからね。

歌い出しさえ聞いておけば後は大抵わかります。
これさえ良ければ後はその流れで余程の失敗を
しない限り大体歌いきれます。
その位歌い出しは歌の中でも大事な箇所です。

失敗の中でのよくあるパターンは歌い出す前に息を詰めてしまう事です。
初心者は自分が息をしてるかどうかに注意を払う習慣がありません。
きちんと歌おうとすればするほど息を止めてしまいます。

1/16の「チューリップの歌」にナイショの暖かい息という
話を書きましたが、覚えておられますか?
それを歌い出しに応用すれば良いのです。

前奏で曲の早さと拍子に身体を乗せておいて、
歌い出しの一つ手前で息を吸う事、
そしてその直後にすぐに声を出さずにナイショの息を一つ吐きます。
つまりあなたが想像した出だしから一つずれてしまうのです。



そうしないとまるで後ろから突き飛ばされたような
息と声になってしまいます。
つまりナイショの息を吐く事で、大きさや発音の予測をつけないと
その後に来るべき言葉と声が続かなくなるのです。
歌うという事は何気なく出来るのではなく、
実は細かい予測や計算がきちんと立たないと
歌い切れるものではないのです。

ナイショの息を存在させる事でそれと同時に声門を吹き飛ばすような
呼吸を避ける事が出来るので声の健康も保つ事が出来るのです。


これはどのジャンルにおいても絶対に守って頂きたいのです。
声帯ポリープは決して歌手の勲章などではありません!
自分の技術を恥じねばならない事なのです。

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ラベル:息 声の健康
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2007年02月03日

テープによる練習

4-16-1a.jpg

うんと若い頃の事ですが、発表会の前に伴奏者と練習をして、
それを録音したことがありました。
聞いてびっくり!
とてもうまくいっていた筈だったのに音は間延びするわ、
息は苦しそうだわ、何よりも歌詞が聞こえないわ・・・
本当にがっかりした覚えがあります。

私の年代というのは何事に於いてもそれまでになかった物や
時代感覚、価値観の先端を切るという運命があるようです。
テープレコーダーに会えたのが中学生でしたから
そりゃあびっくりの代物でした。
録音なんてそれまでの生活には考えられないことが
手軽に出来るとあって生活革命とでも言える物だったでしょう。
但し高価なものでしたから実際に自分が使うのはもっと後年でしたが。

何とかテープを聴きながらのレッスンをするようになったのは
大学生になってからだったと思います。
つたない演奏を聞く度に心の底から才能がないなという
情けない思いと、嫌な声だという嫌悪感しかありませんでした。

それが打って変わったのは友人に伴奏を頼んでからでした。
彼女は同級生ですが非常に音楽性豊かな人で、私の演奏に
色々忠告をしてくれるのです。
それを何とか聞きながら試行錯誤してみました。

私のジャンルはクラシックで、歌曲が好きなのですが
ピアノと歌で一つの曲を形作って行くもので、ポップスとは違って
「伴奏」とはいっても重要な位置を占めているのです。
だから伴奏者との解釈についての討論に要する時間は
とても大事な物なのです。


彼女と伴奏あわせをしながら丸一日を過ごしたことがあったのですが
その間彼女はずっと曲の解釈について考え続けているのに
私は心底驚きました。
何しろ私は出来ないとなったらさっさと止めたりあきらめたりという
情けない人間でしたから。

彼女の曲の解釈は悔しいけれどいちいち的を得た物でした。
それに対して自分のふがいなさをしみじみ感じて、
何度私は自分に対して涙したでしょう。
彼女に対して報いるためにも私は曲に打ち込みました。
それでテープによる練習に切り替えたのです。

出来ない小節を何十回もやり直して、曲の解釈について討論して・・・
そのお陰で発表会は自分でも驚くようなできばえとなりました。

それからは録音しながらの練習は私にはごく当たり前の事に
なりましたが、一方危惧もありました。
録音ばかりに頼り切って良いものだろうかとも・・・・
録音しなければひょっとしてマトモに歌えないんだろうかと。

何しろ聞き直すのですから膨大な時間を費やすわけですからね。
そしてその時の自分の身体の中や口の開け方や
発音をどこに重点を持ってきたかとか呼吸はどうだったかとか。
いちいち状態を記憶するのも神経をすり減らす作業ばかりでした。

特に歌曲はまるで落語のように声色を使い分けたり、
歌詞の解釈に応じて声のトーンを微妙に変えたり
本当に繁雑な作業なのです。
しかもそれが思い通りにいかない!
息が足りないから解釈を断念して自分の出来る範囲の物に
変えることも多々ありました。その悔しさったらないですね。

そして何よりもその時には満点だと思っていても
聞き直せば解釈の青さに笑ってしまったり・・・
人間は進歩し、年と共に思いも変わるものと思わされます。

歌は奥深いですね。

続きます

ラベル:歌 録音
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2007年02月01日

主観的な声

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私たちは自分の声を聞くには骨伝導を通す以外はないので
きわめて主観的な聞き方しかできません。
つまり外部から音を聞くようなわけにはいかないからです。
そして骨伝導だけでは自分の出している声の音量や
音程や発音のあやふやさなど知るべくもありません。

今は有り難いことに録音機が発達していますから
それもごく普通なことなのですが私の先生達の世代は
テープレコーダーさえない時代でしたから
どんなに練習するのに大変だったかと思います。

何しろ骨伝導を通して自分の声を聞いているので
人に自分の状態を聞くという手段しかない時代でしたからね。
だから頻繁にレッスンがあったと先生に聞いています。
そうでもないと自分の声を掴むことは出来ませんもの。

その昔中世ヨーロッパの音楽院では午前中は講義など
一般的な勉強をして、午後は教会や聖堂に行って
その音反射を利用して練習していたと何かの本で
読んだことがあります。
確かに効果的な練習が出来たことでしょうね。

今はこうして録音機をみんなが持てるわけですから
そんな時代に比べたらさぞうまいだろうと思いますが、
一概にそうとも言えないかも知れません。
なぜならその人の音のセンスが悪ければ何もなりませんからね。

基準となるものを知らないわけにはいきませんし
そのためにはやはり教師や音楽をわかる人に意見を聞くことは
必要なことです。とにかく音楽的経験を積まねばなりません。
これに関しては今も昔もないのです。

今は世界中の音楽を聴けますし、新しいものも古いものも含めて
ジャンルに偏らずにとにかく良いものも悪い物も混ぜて
聞きまくること!
段々自分の中で淘汰され、自分の好みやスタイルも
わかっていくことでしょう。


声の大きさに関してですが、
静かな環境ではもちろん大きな声は必要ありません。
でも耳の遠い人と暮らしていたり小学校に勤めたりしていたら
それこそ周りに負けまいとして声を振り絞ることになって、
つまり自分の限界を超えて忽ち音声障害を起こして
しまうことになります。

自分の声を客観的に掴めない状態になってしまうと
こんな事にもなってしまうので注意が必要です。
何しろ一度壊れた声帯は元には戻りません。
私も自分の先生が高齢で耳が遠いために、レッスンには
普段の倍以上の声が必要でした。
頻繁に通っていたとしたら大変なことになっていたでしょうね。

また明日に続きます
ラベル:声 骨伝導
posted by キミコ at 23:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌 関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

聞こう!自分の声

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あなたはご自分の声が好きですか?

とこう聞くと「はい!大好きです」と言う人に未だ一度も
お目にかかっていません。
私も実はそうなのです。あんな嫌な声はありません!
何でもっと素敵な声に生まれてこなかったのかと常々思うのです。
多分殆どの人がそう思っているでしょうね。

自分の声は自身の頭蓋骨を通してしか聞けません。
他に聞く手段は録音する以外にはありません。
だから録音された自分の声にびっくりするのです。
余りに違っていますもの!

でも歌を歌う人はこの方法で自分の声と対峙するしかないのです。
初めのうちはこれが嫌で仕方がありませんでした。
何度聴いても自分の声だと信じられなくてなじまないのです。

私が自分でこんな風に言うのも恥ずかしいのですが
私の「名言」!にこんなものがあります。

バラはユリになれない。ユリもバラになれない。

自分の声は古今東西この一つだけです。
でもそれを忘れてわがままを言うんですね。何でこんな声なんだ!って・・・
一生自分の持ち物で「勝負」するしかないのです。
何より声は「整形」が出来ませんからね。

それを磨くためにボイストレーニングをするのです。
どんなに本人がみっともないと思うような声だって、
病的なもの以外は手入れさえすれば人にとっては
案外別の魅力を持っているものなのです。

例えばハスキーボイスがたまらない魅力的な声だと
思う人が多いように・・・
本当はしゃがれ声で否定されることもあるというのに。

私が嫌だと思っているこの声だって、友人に言わせれば
うらやましいそうですから 汗
私もその友人の声がすごくうらやましかったから
すごく驚いたのですけれどね。

まあこんなものなのでしょう・・・
自分の声を認めてやれないなんて自分が可哀想ですもの。
それは自分を否定することに繋がるし自信さえも喪失するでしょう。

反対に言えば、声を認めるようになれれば自信だってつくのです。
私もその一人ですから!
案外悪い声じゃないなと思った途端に、あれこれ欠点を持つ自分だけど
まあ良いところもあるんだからもうちょっと許してやろうか
と思えるようになりました。
甘やかしではなく私はそれを進歩だと受け取っています。


続きます。
ラベル:声 自己開発
posted by キミコ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 発声 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする