2009年10月06日

昨日の話で考え込んでしまいました・・・

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昨日はジムでバランスボールのスタジオがありました。
会員さんは丁度全て女性ばかりだったので、丁度良いとばかりに
インストラクターさんはこんな話をされました。

今は何でも便利なものが出回って、どんどんこれまでに人間が獲得してきた
身体能力が落ちてきています。特に最近は優秀な補正下着が出来て
それに頼ることだけで自らの筋肉を使わなくなってしまい、
それなくしては身体を保持出来ない人も多いのだそうです。

現在の市販の生理用品が出来たのが昭和40年代を迎える前でした
それまでの特に明治や大正の女性は今のような生理用品を使わずに
経血を便所で処理していたのだそうです 
どれだけ骨盤底筋群が強かったかわかるでしょう。
トイレも段々和式トイレではなくなって、骨盤底筋群を鍛える事も出来ません。
その為なのか広告でもよく見かけますが、尿漏れに関する商品が
増えてきていると思うのです。


と。

ここからはそれに関連して私が思うことなのですが・・・

明治や大正期の人たちは着物を着て生活していました。
着物を身体に巻き付けているので脚さばきが自由にならないし
今のように脚を外に広げることが出来ません。

また履き物も鼻緒があるお陰で拇指球に力が集まり
いやが上にも内側に力を集める身体動作が出来上がったと思えるのです。
つまり内転筋がいやでも発達した暮らし方だったのです。

例えばですが、「小股の切れ上がった女」という言葉を
聞いたことがありますか?
立ち居振る舞いがいかにも粋な女性を指した言葉です。

つまり骨盤底筋群がしっかりしているので立ち姿も美しくなるのは当たり前。
骨盤底筋群を引き上げようと思ったら崩れた姿勢では不可能ですからね。

装いが生活様式や身体性、引いては思考を、文化を独自のものとしていったのですね。

斎藤孝氏が日本を「腰肚文化」と位置づけたのは十分頷けるものだ
と思いました。

欧米文化圏の生活は当然彼らには利便性があったと思うのです。
日本人にそれら全てが合うかというと、上の観点からすると
少し疑問ですね。
捨てて忘れたものが数多かったのではと私には思えるのです。
常々「生活の中から歌が生まれる」と書いている私には
とても刺激的なインストラクターさんのお話でした。


現代の生活様式の中で暮らすことで、本来持っていた筋肉を
使うことが無くなっていよいよ人間の身体としては
良い状態ではなくなっていると思います。

そこでボイストレーナーとしてそこから生まれる
現代の日本人の歌声は一体何なのだ??と。
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2009年08月25日

時々記事を更新しています

ロザリンデ.jpg

いつも読んで下さって有り難うございます。
最近はアクセス数も随分上がって嬉しい限りです。

昨夜カテゴリー「バランスボール」に関しての記事に
補足をつけました。
以前よく使っていた単語を最近使わなくなっていますので
新しく読んで下さっている方にはわかりにくい所も
多いのではないかと思いました。

最近は私が筋肉の名称を沢山覚えましたので、
正確に伝わるだろうと筋肉名で書くことが増えています。
以前はよく「ソヘ」や「丹田」と書いていましたが、
ソヘは「仙骨」とか「脊柱起立筋」とか「多裂筋」など
その周辺全体をさした言葉なので、出来るだけピンポイントで
表記した方が良いと思いました。

「丹田」も実にあいまいとした部分ですものね。
たまには「丹田」と書く時もありますが、出来るだけ
筋肉名で書いています。

「骨盤を前に回す」「骨盤を後ろに回す」も私が若い時に
野口体操で聞いてきた言葉です。
スポーツ医学などの分野ではまるで逆なので書き加えたり
訂正したりしています。

ちなみに「骨盤前傾」=「骨盤を後ろに回す」、
「骨盤後傾」=「骨盤を前に回す」
です。
最近は私も「骨盤の前傾後傾」という言い方をしています。

今までは画像を余所から借りてきて掲載していましたが、
やはり著作権の問題もありますので、色々検索することで
皆様の知識も増えますし各自検索をお願い致します。


たまにこうして補足、加筆している時がありますので、
よろしく見直して下されば幸いです。

posted by キミコ at 13:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月04日

積み上げるということではなくて

パットオースチン3.jpg

こうして仕事をしていると毎日積み上げる作業をしている自分を
改めて感じます。
ここに書くことによって新しいことを知り、再確認し、反省したり
意欲を感じたり、常に意識は一定ではありません。

積み上げて良い形になったと喜んでいて、何日か経って改めて見たら
とんでもない形だったり・・・
積み上げては壊し、積み上げては壊され、・・・
時々ため息が出るのですよ。
まさに「賽の河原の石積み」そのものですもの。

私ももう人生の折り返し点もとっくに過ぎて、落ちついても
良さそうな年なのに、未だに停まる所がありません。
教える内容も自分の声や歌についてもですよ。

どうやら積み上げたものが「良い形」とかではなくって、
何度積み上げ直したかが重要らしいことが
わかってきました。

促成栽培のように練習して大歌手になれるものではありません。
CDやDVDの売り上げで決まるものでもありません。
全ては自分の中にあります。
もうこれでいいやと思ったら成長が止まってしまいます。

声は永遠に同じではありません

「あの人は今」と言われるような人が昔の声で歌っていますが
大変ザンネンな事になってるのを見聞きされる事がありませんか。

反面確実に声も音楽もその頃より成長している歌手を見ると
本当にその日儲けたような気がしたりもしますね。
その歌手が積み上げたものを壊して積み上げ直した結果なのでしょう。



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2009年07月13日

カテゴリを書き換えています

今朝からカテゴリの書き換えをしています。
書いていることが複数のカテゴリになることもあって
なかなか決めづらい時があって困ります。

ボイトレ初心者の方のものを作り、私の中で発展してきた事もあり
古い記事になってしまった物は過去ログに入れました。

最近気になっているのがメンテナンスやアンチエイジングの項目です。
大事な事ですのでたまに目を通してくださると役に立つと思います。
posted by キミコ at 13:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月12日

言葉の伝え方が難しい

イモータルジュノー2003.jpg

いつも教えながら思うことなのですが、

出来れば生徒さんに乗り移りたいと・・・

オカルトな発言をこんな風にする位その人にフィットする言葉を
掛けて上げたいといつも思っています。

例えば「常に腹横筋を引き締めて」と私が言うと、
「どの位の強さで引き締めたら良いのですか」と聞き返され、
返事に困りました。

各人の感覚があるのです。
私が乗り移りたくなるのがおわかりでしょうか。
まあこの場合の答えは歌う以外は生活に差し障りがない程度
という事ですが。

目の前に居る生徒さんにでさえこうなのですから、書いてあることを
どう捉えられるかまではもうどうしようもありません。
もどかしい!の一語に尽きます。

いつも何か気の利いたフレーズはないかと探しています。
出来るだけ言い方を変えようとしています。
出来るだけ身近なたとえ話が出来るように考えています。

先日ある読者の方からメールを頂戴しました。
その方のご主人様がこのブログを利用されての感想だそうです。
抜粋して書いてみます。


「非常に声が低いことと、仕事で必要なのに声の通りが悪くて
悩んでいたのが体調管理と、体を鍛える等し始めましたら
気が付いた時には、夫の声が大変異を起こしていました。」

「元々喘息持ちで、息が満足に吸えないという話でしたが
『人並みに呼吸が出来る様になった』と大喜びした頃から、
声が高くなりはじめて骨格でここまで変わるか?と
必死になって居た時に、ボイトレという方法からの体への働きかけを
キミコさんのページで知って色々と試して見ているそうです。」

「夫の声なのに、慣れなくて時々電話を通すと悩む時があります。
誰だろう?という感じです。常にレコーダーに自分の声を録音していて自分の声の通りと、違和感が消えた事に驚いているそうです。」

「胸骨と胸膜を振るわせる様に話したら良いのかと、
ブログを拝見して思ったようです。
イメージとしては、スピーカーの上に紙を敷いて
砂を置くとビィビィと震えるけれどそのイメージで
声帯を使いすぎず奥から声を発するを気をつけ始めたとかで。」


「夫曰く『今までのトレーニング、体の意識が無ければ
ああいった風に書かれても絶対に分からなかった』」


有り難いことだと思います。
やはり楽器作りが先決だということはこの文章を読まれても
おわかり頂けるでしょうか。
楽器として響く条件を作らないと何にも出来ないということです。

この方は後は構音とか少し声のピッチを高く設定するとか、発音練習で
何とかクリア出来ると思われます。

歌だけではなく、仕事上絶対に声を道具として使わなければ
ならない職種の方にも有益な情報を差し上げられた事は
私の勲章でしょう。



posted by キミコ at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

何のために私は書いている?


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このブログを書いていることで色々出会いのあった6月だったことを
前回書きました。書いている喜び
「野口体操」に若い頃に出会ったことで、身体の動きに対する感覚という物が
とても面白いものであることに気がついて、ずっといまだに
模索を続けています。
カテゴリ「野口体操」をご参照下さい

それが今私がこうして書いているブログに反映されています。
多分全く「身体感覚」について意識を持たずにこれを読まれても
わからないのが私のブログなのかもしれません。

言い換えれば私は自分の身体感覚を深めるために書き続けているのでしょう。
これは今初めてそうかも知れないなと思いましたが・・・ 笑


身体感覚は人それぞれなので、誰に対しても当てはまるものでもないでしょう。
私が言い足りないこともあるし、私の言ったことを読者様に当てはめても
ぴんと来ないことも多いかも知れません。

何しろずっとレッスンで言い続けてきたことが、全くその生徒さんにとっては
見当はずれであることにお互いに気がつかずに、がっかりしたことも
何度かありましたからね

私もいけないのですが、身体の動きよりも声にそれが出てくると思っていましたし
それが少々まずいのは生徒さん達がまだ熟達していないから
と思っていたことも原因なのですが。

つまり私のブログは非常にクセの強いものなのでしょう。
多分通り一遍で読まれても成果は出にくいかも知れない
ということを承知の上読んで頂きたいと思います。


今上に書いたことを裏返していえば やはり声を出すことに関して
絶対に言えることは
「身体は楽器である」という一語に尽きるでしょう。

「楽器としての身体」は生まれたそのままの物を使うことは出来ません。
持っている声帯をたとえばその人の顔とすると、まさか顔を洗わないでは済まないし
洗えば最低限化粧水くらいはつけておきたい所でしょう。
つまり顔のメンテナンスは絶対必要な訳ですね。

おまけに声を出すのは喉からだけではない事もよくご存じでしょう。
ピアノだって鍵盤だけで出来ているものではありませんね。
大きな全体があっての「ピアノ」という楽器なのですから、
身体だって声帯だけが楽器ではなくて、あなたの身体全体があって
初めて成り立つものであるのです。

身体の筋肉も年齢と共に硬くなったり衰えていきます。
楽器を古びるまま放置するのは声を出すことを拒否していることに近いのです。
正しいメンテナンスの方法と楽器を維持する心構えを持って頂くために
このブログがあるのです。
これも今書いていて初めて気がつきました。大汗

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2009年06月30日

書いている喜び

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明日から7月ですね。
今日も関西は気温はそうでもないのですが、湿度が高くて
洗濯物に困っています。

この6月はリアルの生徒さん以外にここを読んで下さっている
色々な方とコンタクトを持つことが出来ました。

私がこのブログを書き出して2年半ほどでしょうか。
殆ど私が発信するだけでずっと過ぎてきた感がありますが、
こうして1月の中で実際にお会いしたりも出来て、書いている実感
みたいなものをありありと持てたのは初めてかも知れません。

書きだした頃とは比べ物にならないほどの、知識と経験を持つことが
出来ました。
私の声も現在進行形で成長を続けています。

それと共にいつも書いていますが、声はその人の存在そのものです。
あなた自身が高まれば声もそれに連れて高まっていきます。
そして生活も同じように高まって行くものでしょう。
より良い自分を目指して共に生きていきましょう。


仕事の醍醐味は人に喜ばれて感謝されることです。
自分が築き上げてきた物が実際に人の役に立てているって
なんて素晴らしいことなのでしょう。

しかも文章で人に伝えることの難しさは、これを書き始めてから
嫌と言うほどぶち当たりましたから、こんなつたないものが
理解されてその人の活動にお役に立っているって感動です。

歌唱に関しては私も経験したことなので、伝えることに多少は自信もありますが
内的感覚を確かめるお役に立てたり、聞く人に話す内容が確実に伝わらないと
重大事さえ引き起こしかねない人のお役にも立ってるなんて考えたこともなかったので、
きちんともっとわかりやすく書かなければと再度強く思ったことでした。

これからも書いている事への疑問はもちろん、ご意見ご教授など頂ければ
それがどれだけ私の励みになることでしょう。
これからも勉強、吸収したことを共有していきたいと思っています。

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2009年04月03日

歌うことは一生の楽しみ

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この記事を書いてからちょうど1年経っているんですね。
テレビを見ていて
私はこれに秋元順子さんの事を書いています。
その頃は未知の人でしたが今やすっかり時の人となられましたね。
あきらめずに自分の道を貫き通したということが、彼女と同年代の人の
希望の星となっている訳でしょうか。
若い歌手がもてはやされる中、安心して聞ける歌手が中高年でも現れたのが
私にも嬉しいことです。


私が若い頃には同年代の友人達もあちこちの演奏会に出て歌っていました。
でも今や見回しても一握りの人間しか歌うことを日常としていません。
せっかく志した道を自ら蓋をするのは勿体ないことです。
私なんかあきらめの悪い人間ですから、それで何とか
なっているのかも知れませんね。

秋元さんも一時家業や育児で空白時間があったようです。
でも歌いたいという意志は心に持って居られたと思います。
女性の平均年齢も高くなり、健康状態も心がけさえしていれば
若く保てる良い時代です。

声楽は筋肉を非常に必要としますので日頃の鍛錬は欠かせません。
でも他の分野ならそれほどに筋肉を張るものではありません。
ある程度の状態を保って歌うことをあきらめなければ
若い歌手より遙かに人生経験もプラスされて「聴かせる歌」を
歌うことが出来るのです。

確かに中には歌の中に「澱(おり)」を溜め込んでしまっている人も居ます。
経験が歌の邪魔をしてしまっているということでしょうか。
生き様が確実に歌に透き通って見えてしまう所が歌の怖い所です。
若い時からの心がけは非常に大事だということでしょうね。
美しいものを素直に美しいと心に留められる生活は捨ててはなりません。

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2009年03月19日

全くの日記

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今日は全然ためになるような話ではありません。
単に自己満足で書いています。

「歌声喫茶」でこうして3年ほど伴奏を弾いているのですが、
そりゃ教職にも長く就いていたし生徒さん達の歌の伴奏もしますので
当然ほぼ間違いもなく伴奏を勤めている訳です。
「歌声喫茶」では何百曲もあって初見同様の曲も多いので、
お陰様で腕はめざましく上達しています。

ただずっと初見の移調奏が出来ないことが引け目でした。
コードネームもそんなに困らなく弾けているのに、なぜだか
アルファベットの1つ前とか後とか3つ飛ばすとか、そんな単純なことが
弾きながらではどうしても出来ないのです。

「クラシック」の出身者は書いてある楽譜の解釈が出来たら
良いのであって、それをわざわざ移調して弾く練習は
特に私の年代の人なら教育はされていない人が殆どだと思います。
そんなこともあって生徒さん達には簡単な移調はソルフェージュとして
練習させることはありますが、入り組んだ曲はさっぱり無理です。

でも「歌声喫茶」ではそれは通用しません。
音域が高すぎて歌えない曲がとても多いのです。
リクエストの頻度の高い物は移調した物を書いていますが
何百曲も書くほどヒマでもないし、自分が情けなくなるし
甘えるのも悔しいのでコードネームで用が足りる曲はその横に
アルファベットを書き込んだりしていました。

しかしいつまでも出来ないのが悔しくて最近夜中にちょこちょこと
コードネームの移調奏の練習を始めています。
さすがに主要三和音は手が行きますし、メロディの移調も
困ることはありません。
でも副和音や機能和声の場面になるとやはりはたと手が止まってしまって
悔しさに唸りながら何度も弾く日がずっと続いています。

今日は生徒さんが最近カンツォーネをしたいからと
テープに吹き込まれた伴奏と共に楽譜を持ち込まれました。
でも持ち込まれたテープの音量が小さすぎて使い物にならなかったのです。

その曲を持ってこられた楽譜より5度下で歌われたのだけれど
伴奏がなくて仕方なくその場でその調で伴奏をつけました。
それを3度下に移調したら声に合うかと言われたので試してみましたが
それもきちんと弾くことが出来ました。
全くの初見の曲でも弾くことが出来たのは大きな自信でした。

こんな風に大分危なっかさが抜けてきましたが、まだまだ頑張らねばです。
還暦にまだ年数はありますが、これでボケ防止は万全でしょう。笑


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2009年01月31日

景気の悪さから考える

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世界的に景気が後退して日本も大変な状態になっていますね。
失業者が街に溢れて寝る所もない状態って戦後すぐでもあるまいし
かつてないひどい事態に陥っていると思われます。

ということは私の仕事にも大きく影響しているのです。
一番切り捨てられるのが私の仕事なのですから・・・
いくら私が知識を積んで実践をしたところで生徒さんが居なければ
全く値打ちがありません。

若い人が殆ど来ていません。
特に10代、20代の人は皆無です。
以前はとても多かったのですよ。
やはり思うに仕事がないからなのでしょうね。
心のゆとりもお金のゆとりもなければいわば贅沢品のような
習い事をするはずもありません。

熟年の方達は確かに努力する事を知っていますから
それなりの上達をされます。
でも楽器である身体自体が古いし、残された時間に限りがあります。
どう繕ってもそれは厳然たる事実ですし、私もその中の一人ですから
それを心得ています。

やはり若い楽器に正しい知識と方法を注ぎ込めば、それは生きていく上に
かなり大きな財産になります。
声はその人の存在そのものなのですから、それを磨いて歌える事は
大きな自信を与えてくれて、その人の生きる力を高めるでしょう。

そして正しい楽器のメンテの方法を覚える事は自分を良い状態に
持っていく事に他ならないですし、
声の状態から自分の健康も推し量る事が出来ます。
そういう知恵は若い内に持っておけばどれだけ大きな財産になる事か!

経済状況は個人の生きる為の知恵の獲得さえ奪っているのですね・・・


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2009年01月10日

自分を虐めるのではなく

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昨日書いたことに連動しているのですが、
無理矢理な運動は却って自分を損ねることになるかもしれません。
何よりも大事なのは自分との折り合いです。

心と体は常に一体でなければ筋トレをやっていても
形だけになってしまうのです。
外側はなるほど鍛えられるかも知れませんがそれでは意味がないのです。

まるで自分を虐めるためにやっている人をジムでもよく見かけますが
こちらから見ていると苦痛の表情と共に身体も
悲鳴を上げているようにさえ思えるのです。
やはり自分との対話の時間と思うことが大事だと思うのです。


身体が硬いのと融通が利かないということは連動すると
昔、本で読んだことがあります。
何となくわかったような気がしていましたが、最近はさすがに
はっきり理解出来ます。

柔軟な心に柔軟な身体が宿るのです。

筋肉や関節の可動域が広いということは行動の幅も広がるから
経験だって広がるでしょう。
経験が広がれば頭を使って融通が利かないはずがありません。

それと連動して歌にも同じ事が言えるのです。
筋肉が硬いともちろん喉の筋肉だってそれを免れるものではありません。
身体だけが硬くて何で喉だけ柔軟である訳がありましょう?

経験が深いとそれだけ色々なことをキャッチ出来る心が育ちます。
心のひだを感じさせる詩に共感出来る心が深い歌を産みます。


自分を虐めないように、そして自分と対話しながら
身体を動かして下さいね。
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2009年01月09日

身体感覚を意識しよう

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昨日新聞を読んでいたらあの「リング」の原作者
鈴木光司さんについて書いている記事を見つけました。

何気なく読んでいたので詳細は不明ですが、
鈴木さんの恩師が机上の空論より「身体感覚」を大事にする
ということに彼が感銘を受けて、鈴木さん自身も色んな事にチャレンジして
例えば積極的に育児をしたり主夫をしたりされたのだそうです。

確かに作家だから色んな事を経験していないと
文章にはならないでしょうね。
人を引き込む物を書きたければまずは経験して感覚を覚えていないと
多くの読者は獲得出来ないだろうなと頷いてしまいました。

「リング」は原作は知りませんが映画は見ています。
日本独特のあのかびくさいような恐ろしさは
夢にまで出てきそうでした。
素晴らしい作品だなと思いましたよ。



何を書いているのかと思われるでしょうね。

骨盤底筋群の筋トレとか野口体操とか・・・
私が書いていることは一見ボイストレーニングとは
全く関わりないような事だと思われているかも知れません。

歌う時の筋肉や呼吸は普段の生活で余り使われるものではありません。
意識の持って行き方も身体の内側を覗き込むような感覚です。
この一番遠いようなトレーニングは内側を覗き込む感覚を養うため
色々な事を試していく内に作られて行くものだと
確信しているのです。

精密な機械を持っていたとしてそれを使うためには
使用法を覚え操作出来ないとそれは単に物体でしかありません。
素晴らしい筋肉やこれ以上ない美声を持っていたとしても
自分を「操作」して自分と仲良く出来なければ
何も持ってないのと同じでしょう。

自分の「精度」を高めて研ぎ澄ませること。
色々な経験をして身体感覚を高めること・・・・
遠いようで一番近い歌の上達法です。



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2009年01月02日

おめでとうございます

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今年もこのブログをよろしくお願い致します。


本来ならばきちんと昨日書くべきでしたが、例年の通りに
寝正月をしていてやり過ごしてしまいました。



毎日更新を出来ればよいのですが、どうも気ままな性格でいけません。
ということで、気のついたことをぽつぽつと書くことになる予定です。
ご質問でもあればネタには困らないのですが・・・(他力本願)




身体は常に鍛えるべき!と思っていませんか?

鍛える=虐める
ではありません。

身体の都合だってあるのですから、疲れている時に虐めるのは
完全に逆効果です。
それよりも身体から聞こえてくる言葉を聞いて
言うことを聞いてやる
それが自分を長持ちさせることに繋がるとつくづく思います。

声は正直です。
疲れている時は出していても気持ちが乗ってこないし
声は金属的で嫌な響きを帯びます。
しっかり耳で聞いて自分の声を覚えておきましょう。

声を出すことを長く楽しみたいなら常に自分を労りましょう。

年頭の挨拶に替えさせて頂きます。



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2008年11月30日

有り難い世の中になりました

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PCの普及のおかげで昔なら専門書を読みあさらないとわからないことが
検索のお陰で簡単にわかるようになってきました。

例えば私が大学時代の時ですが、クラスメートがひどく声を
患っていたことがありました。
多分先生でさえその人の発声法が悪いのだろうと
思っていたかも知れません。
確かその人は病院に行ったはずなのですが、結局学生時代
ずっとその声を引きずっていました。
思えばのんきな時代でした。

現代ならそうならずに済んでいたと思うのです。
先生達も発声法の事など教えては下さいませんでしたし、
自分で考えなさいということがまかり通っていました。
ボイストレーナーなど探しようもない時代でしたしね。

以前なら発声方法が悪いからで片づけられていたことが
実は病的なことだったとわかることが増えてきました。
声を出す技術はもちろんですが、私のトレーニングで治る範囲、
病気だから医療機関へと紹介する、その見極めが
ある程度出来ないといけないのだと、それが一番の責任なのだな
と思っています。
その思いを胸に今日もあちこち検索を掛けて情報を得ていますよ。
posted by キミコ at 21:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月19日

あらら・・・

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昨日は勿論ジムに行きました。
生徒さん達との体操のネタになるだろうと
「健康体操教室」のスタジオに出来るだけ入っています。

始まるまでの短い時間に骨盤底筋群のトレーニングを
やっていました。
このスタジオは毎週テーマが替わるのでいつも楽しみです。
さて今日は?と思っていると
骨盤底筋群のトレーニングでした。大汗
私にしたらついさっきやった所だからあららと思ってしまいました。

さて始まってみるとなんと!
私が雑誌で覚えた物が体操から内容までくまなく同じでした。
私が読んでいた雑誌はインストラクター用の本なので
きっとこの方も一生懸命読んで覚えられたんでしょうね。

しかし45分みっちりとやったこの体操はとても効きました。
かなりキツくて今朝1時間寝過ごしてしまいましたもの。

でもスポーツの一環として取り上げたからなのでしょうか。
意識の仕方については一言も触れず、単に運動方法の紹介だけでした。
同じ事をやっているはずなのに身体の受け止める感覚が違います。
私の方は感覚を意識するためにもやっているので利用の仕方が違いますね。

だからたとえ方法が同じでも、いつも自分の身体の中で起きている
感覚をキャッチしようとすることが何よりも微妙な違いを
受け止めるという意識を育てているのだと思います。

ちょっとした動きが自分の声を育てる良い材料になることがあります。
微妙な違いを探したり、細やかな心の動きを常に意識する事も
全てが歌うという行為に繋がります。
そんな意識を常に持つことがあなたの歌を熟成させると思うのです。
どうぞ誰にマネでもない自分の歌を歌ってくださいね。


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2008年10月23日

口角の持つ別の意味

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しばらくぶりに書きます。
書かないとなると長く間が開いてしまってすみません。

一昨日NHKで放送されていた「仕事の流儀」をご覧になった方も
いらっしゃるかと思います。


http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/081021/index.html


出来るだけ毎週見るようにしていますが、その中で目を引く
話がありました。
自分をポジティブに持って行くには口角を上げよう
という内容でした。
他にも茂木先生が挙げられた事柄もありましたが、HPをご参照下さいね。

脳が顔をコントロールしている訳だけれど、脳だって顔に
コントロールをされているのだそうです。

口角を上げた表情は自分をポジティブに持って行きやすくなるのだそうで、
作り笑いでもいいからこの表情で過ごすと効果があるんだそうですよ。

口角といえばつい異常反応してしまう私ですが、こういう効用も
あったのですね。

他の言い方をすると、
私たちは普段の生活ではまず口角まで頭は回りません。
意識してそうしようとする事で脳に指令が行くんでしょうね。
とにかく脳に適切な刺激を与え続けなければポジティブシンキングは
得られないという事なんでしょう。

歌唱時において口角を上げるのは、明るい響きを作るための
必須条件ですから。
まさにポジティブでなければ出来ることではありません。

常に口角を上げ続けるという行動は本当に苦労が伴います。
何しろ自分の声を聞いていられない初心者には
私も言い続けなければなりません。
でも、自分の声を聞くことさえ出来れば敢えて言う
必要も無いことですが・・・

歌うということは色んな側面を持っているものなのですね!


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2008年09月14日

無知は怖い

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時々検索のページから見つけた発声に関する掲示板に入ることがあります。
かなり数が多いのですね。
色々なお悩みや質問を読むにつけ、健康知識がこれだけ盛んに
情報番組で取り上げられるのに、喉を大事にする事に関しては
殆ど知られることがないなあと思うのです。

過去に私が取り上げた喉周辺の筋肉についての記事を
読んで下さっている人はある程度気をつけて頂けるとは思いますが、
無理なことをして喉を潰す人が多いことに悲鳴を上げたくなる気分です。

バンドで地声を張り上げて2時間歌いっぱなして、1月経っても
声の調子がおかしいなんてのんきに掲示板に相談しないで
お医者に診てもらいなさいと思います。
声がおかしいのは健康に関わらないと思ってるんでしょうか。
あの繊細な喉に負担を掛けるなんて赤ん坊に百メートル走を
させるようなものでしょう。

また、高音を出すことに憧れる人も多いのですね。
今流行のファルセットを取り入れた楽曲が多いからでしょうか。
ある歌手に憧れて同じような声を出したいとか。
自分の声を知って書いているのではないですね。

笑ってしまうのはそこでの指導者?がきちんと知識を持っていない
という所です。
横隔膜を上げて歌いなさいとか。。。。
基本の事なのですが。感覚に頼らないで事実を把握して欲しいですね。

怖いのは質問者も気軽に書いて居ることで、生半可な知識を得てしまい
根拠のない事を掲示板のみんなで信じてしまう所でしょう。
私もここを書きつつもいつも考えてしまうのですが、
ここに書かれている文章から読んで下さっている方が一人で練習して
ひょっとして違うことを獲得してしまったりはしないかとか
それによって益々迷ってしまっているのではと危惧しています。

必ず人に聴いてもらって下さいね。
それと本当に各種条件が揃った上で出た声は呆れるほど楽に出ます。
喉だけに偏らないで下さいね。
必ず体の筋肉を使うという土台の上で成り立つ事を忘れないで下さい。

私もここに書くことで日々勉強しています。
過去に書いたことで間違っている所も出てくると思います。
ご指摘や質問をして下されば嬉しいです。
どうぞよろしくお願い致します。

posted by キミコ at 17:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月22日

音楽の垣根?

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CDやDVDが発達したり、動画が配信されるようになったりで
音楽の世界も随分広がりましたね。

今日は声楽の生徒さんとしばし話をしていました。
私が若い頃は声楽をやっているのにポピュラーな曲を
レッスンで持ってくるなんてとんでもない時代でした。
堅い先生ならその場で破門だし、そんなことを考えることも
ありませんでした。

でも最近は違いますね。
歌謡曲の舞台にクラシック歌手が出場したり、クラシックコンサートに
他の色んなジャンルの人が出演したり。

映画でもそうです。
つい最近公開された「奇跡のシンフォニー」を見ましたが、
ロックとクラシックとストリートミュージックが並立していました。
一昔前ならあまり考えられない事だったと思います。

ワールドワイドに色んなジャンルも交流がさかんなのです。
毛嫌いや先入観を持たず耳を慣らして、出来れば色んなジャンルの
曲を歌って欲しいと思うのです。
西洋音楽以外の音楽も耳にして頂きたいとも思うのです。

この声楽の生徒さんにも「スタンダードポップス」を
クラシック歌曲と共に歌ってもらっています。
聞き慣れないメロディラインに如何に自分の歌い方や声を合わせるか
こんなにわくわくすることはないでしょう。

かつてのヨーロッパでは教会音楽と世俗音楽が
交わることなく存在していました。
何百年も掛けて徐々にお互いの旋律を使い、やがて新しい世界に
突入していきました。

そんな歴史を見ているとまたそんな事が将来始まるんだなと
何だかわくわくしてくるのです。


posted by キミコ at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月01日

身の引き締まる思い

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レッスンでは色々なことを練習するので、無駄話をしている時間が
まず殆どありません。
でも帰り際にちらりと漏らされる生徒さんの一言で
とても嬉しい気持ちにさせて頂けることがあります。

全員が必ず言ってくれるのがとても耳が肥えてきたということです。
そりゃあ何も知らない状態からある程度声が出せるようになる訳ですし、
聞き分けができないと上達はあり得ませんからね。

となると、人の声も聞き分けられて、関心を持てるようになる、
そうするとより一層理解が深まって自分の声を考えるチャンスになるのです。
「人の振り見て我が振り直せ」とはこのことでしょう。

次は「声は喉から出すのではない」ということが
本当にわかったといわれることです。
だからこそ面倒でもストレッチから始めて筋トレをこなして
それと声の関連性を身に染みさせるのですから。
自分と仲良くしないと声を出せるものではない事を理解してこその
発言でしょう。

自分の身体と付き合うことで健康とも向き合えて有り難いとも
良くいわれます。
自分が楽器なのですからメンテナンスが欠かせないこともわかっての
発言になるのです。

「こんな年になってるのに以前よりまだ声が良く出るようになった」と
嬉しいことを言って下さって今年もコンクールを狙う
熟年の方もいらっしゃいます。

ある方は自分のバンドの中でブログを書いておられて、
私も良くそれを読ませて頂いているのですが、今回こんな事を
書いておられました。
許可を得て一部抜粋させて頂きますね。


今まで、見えなかったものが

鮮明に見え

今まで聞こえなかったものが

耳につくようになった。

不思議だけど

基本がどれだけ大切かという事を

今更ながらひしひしと感じている

中略

ひたすら

音(声)に耳を澄ませる

足のつま先から頭のてっぺんまでの

全てのパーツを

音(声)や楽器(体)に問い掛けながら調整していかなければらない。
またそれが楽しい

自分が

広がる

広がっていく

そんな感触




これを読ませて頂いてはっとしました。

私も同じように感じていた時期があったんです。
自分探しをする楽しさや、毎日感じるわくわくした感覚を。

私のかつて感じていたことを追体験してもらえているということは
正しくこの方に伝わってるなと!

この仕事をしてよかったと思った事でした。


posted by キミコ at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月12日

映画「うた魂♪」を見てきました

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とても面白そうだったので昨夜夫と「うた魂♪」を観てきました。

映画の主題はとてもシンプルで「歌うことは素晴らしいことだ」という
歌うという行為への賛美でした。
この主人公と同じ高校生の頃の自分を思い出しましたよ。

主人公は高校の合唱クラブで天真爛漫に歌っていたのですが、
好きな人に自分が大口を開けて歌っている顔を写真に撮られて
その写真を見て以来それから歌うという行為が恥ずかしくて
クラブを辞めようとまで思い詰めます。

私自身にもそれに類似した事で、歌うのが恥ずかしかった覚えがあるので、
主人公の落胆する気持ちがよく理解出来ました。
今思ったらなぜああまでも自意識過剰だったのかおかしくなります。
でもあの時代はそれが気にならない方がおかしいでしょう。

私の場合は他の人が歌う顔がとても異様に思えたんですね。
確かに必要以上に顔の筋肉を使わなくては歌えないので、
普段の表情では居られませんもの。
それと同じ表情をして歌う自分がとても嫌だった時期がありました。

その頃の私は非常に内気で、先生に指名されて意見を発表するなんて
とんでもない事だったのです。
大きな口を開けて話が出来ずに、友人に今何を言ったと
聞き返されることも度々という始末!
よくまあこんな状態の人間が続けて歌う気になったものだと呆れます!

今の私ならきっとあの主人公になぜ口を必要以上に開けて
歌わなければならないか、懇切丁寧に説明しているでしょうね。
心理的なブレーキもさることながら、きちんとした説明は大事だと
痛感しているのですもの。
普段も生徒さん達にも今やっている練習はなんのためにしているのかを
説明してレッスンすることにしています。

そうすることで「聴く耳」も育てることが出来るからです。
自分が歌えるということはよく聴けるということにも通じるのです。
漠然と聞いていた人の歌を注意深く観察出来ることで、また自分の歌に
それを還元出来る事を私も思い知ったからです。

最後に主人公が「歌うって素晴らしいことだ!」と言う場面があるのですが
そんな「歌う」事に関われる仕事を出来て私も嬉しくて仕方なく
よい映画を観たなあと思いました。

それはさておき、
とにかく合唱の水準は上がっていますね。
色々工夫を凝らせた発声練習や筋トレの場面も見えました。
私の頃の合唱とはこれがとても同い年が歌ってるとは信じられない位です。
表情もちゃんと計算されているようで良いことだと思いました。

ということは
とても悪くすると技術に偏ってしまうということにも通じるのです。
合唱や歌を「楽しむ」のでなく「団体競技」に陥ってしまわないかが
ちょっと懸念されます。
競うために歌うのでなく、楽しむために歌うのを忘れている
合唱団だってきっとあるに違いないからです。
もちろん大多数がそうでないこともわかっていての上での発言です。
書きすぎだと思われたらお許し下さい。

私自身もボイストレーナーとして仕事しているので、ややもすると
なんのために人に教えているのか忘れそうになるきらいがあります。
「詩」を歌うのでなく発音するための「音」として言葉を弄んでいないか
全体を見ずに部分だけを突き回していないかと怖くなることがあります。

勿論それは必要な行為だし、歌いやすくするための技術であって、
「詩」にどっぷり浸かり込むのを防ぐ役割を担っているのも
その反面よくわかっています。
バランスよく本筋を見失わないでやれているのかと、映画を見ながら
強く思ったのでした。
posted by キミコ at 00:53| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする