2008年04月10日

再確認してるようです

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私は実は座骨神経痛持ちなのです。
上の娘を出産する時にこの病を得ました。
それから今に至るまでずっと仲良くしています。
まあ当初は大変でしたが、それから20年ほど経って
現在は殆ど自覚も薄れてきている位です。
でも冷えたら座骨神経痛の経絡が痛みますね。

最近生徒さんとバランスボールで筋トレを一緒に
必要以上に本気でやってしまって時々おかしくなります。
年を考えても必要以上にするメリットなんかないというのに。
昨日は庭仕事をするのにかがみ込んでいましたら
ついにやってきました!

昨日は腰が伸びなくてまさにお婆さんみたいな歩き方になって
鏡を見たら背中のS字カーブが無くなっていてびっくりしました。
まさかカーブまで無くなるなんて信じられなかったですよ。

急性の痛みを持つ時に余分なことをしてはいけないのは
既に学習済みですから変なストレッチも掛けずにとにかく
温存ということで、それでも体を探ってみました。
すると太ももの前部が非常に張っていることがわかりました。
太ももの前を伸ばすストレッチをすると少し具合が良いようです。
腰と太もものバランスを崩したのが災いしたのでしょう。

今朝起きてみると、昨夜お風呂で長時間暖めた効果で
何とか腰は伸びるようになりました。
但し骨盤を不用意にひねると大変なことになるだろうと
体が教えてくれます。
こういう時に骨盤の操作を覚えておいてよかったと思いますね。

ピラティスでは特に骨盤を必要以上に動かさずに手足を操る
ということを大事にしています。
野口体操でも当然体の操作を練習してきた訳ですし、
日常全ての動作を意識しながら行えば良い訳です。
そのお陰で今日は台所仕事も仕事もこなせています。

骨盤を定位置に保って日常動作をしてみると、歌う時には
本当に骨盤の上に上体を乗せているんだなあとわかります。
結局歌うこと=骨盤を操作する事に他ならないと
再確認した次第です。
このまま気をつけていればあさってには整体の予約を取っているので
骨盤調整をしてもらえるでしょう。
後は冷やさないことと動作を気をつける事です。
庭仕事はやはり重労働ですね。


タグ:骨盤
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2008年01月07日

こんにちわ

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お正月も既に先週の事となり、いつの間にか落ちつきました。
もう皆様は日常の暮らしに戻っておられるのでしょうか。
差し迫って書く事もないので私も大人しくしておりましたが、
そろそろと気づいた事を書いていこうと思っております。

歌う人にとっては体は楽器として扱ってという事は
もう散々書き尽くしてきた訳ですが、他の楽器を使う人にとっても
実は体が楽器の一部分であるという事を頭に入れていない人が
殆どのように思えます。

友人の友人がバンドを組んでギターを受け持っていて、
とても入れ込んでいたそうですが、体が痛くなって
腕が動かなくなって継続を断念したとか・・・私たちも年だねえ
と賀状をもらいました。

私からすると、そんな事で止める程度の入れ込み方では
どうせろくなものではないだろうと思うのです。
平均寿命も延びて、これからまだ長い人生を過ごさなければ
ならないと言うのに、勿体ない話です。

他に楽しみを見つけるのも良いでしょうが、楽器を習得するには
それなりに長い時間を掛けたはずですからねえ。
バンドにとってもきっと損失だったと思うのですが。
体が痛いならしっかりそれを治して再度取り組めばいいのでは
と思うのです。

もしその人が体もギターという楽器の一部だと考えていたなら
きっと体のメンテナンスを怠る事は無かったでしょう。
加齢と共に間違いなく筋肉は堅くなっていくのです。
それは避けようもないことですが、それを努力でカバーして
先に延ばす事は可能なのです。

身体がついていかないというそれだけで、楽しみを逃すのは私はいやです。
何でもチャレンジ出来る体を今年も作ろうと思っています。





タグ:エージレス
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2008年01月02日

あけましておめでとうございます

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昨年中はメモ同然のような愛想も何もないブログに目を通して下さって
本当に有り難うございました。
本年も相変わらず自分が発見した事を書きとどめていくつもりです。

読み返してみると自分の考えの発展を感じる事が出来ますし、
こうして書く事によってアンテナを張り巡らせる事が出来ます。
そして検索する事を覚え、書く事に責任を持つ事も教えられました。

決して無責任に書き散らしている訳ではないですが、
自分の書く事を検索されているという事実で、
自分の書いている事が外の世界にも繋がっているのだとわかって
身震いしたからです。

色々と発声について書いてあるブログの存在も知る事が出来ました。
おおむね同じでおおむねそれぞれ方法が違う事もわかって
同じ事にたどり着くのは確かだけれども道は沢山あるのだと思いました。
私は私の方法でアプローチすればよいし、こうして書いてはいるけれど
文字だけで伝えられない事もある事もわかりました。
だからこのブログはやはり所詮「メモ」の域なんです。

何しろ自分もいまだに発展途上で確固としたものを
探し回っている状態ですから。
だからこそこうして何を知ったか発見したかを
書き留める必要があるのです。

今年も面白おかしく書く気は毛頭ありません。
冗談も何もないし退屈で意味のわからない事があるかも知れません。
でも読み続けて下さるとご自身が直面している問題を
解決するヒントが提示されるかも知れません。
その位しかお役に立たないでしょうがお許し下さって
読んで頂ければ幸いです。



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2007年10月02日

NHKの音楽コンクールを見ました

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NHKの教育テレビで今年度の小、中、高等学校の合唱の
近畿ブロック大会を見ました。
最近は合唱が下火になったのか1府県に10校程度の参加しかないようです。
児童や学生数の減少なのか、子供が忙しすぎるのかちょっと残念ですね。

じっと見ていると子供達の表情から普段指導者に何を言われているか
ダイレクトに伝わってきます。
曲の解釈や合唱技術の伝達度など本当に様々ですね。

小学生達は割合に天真爛漫に歌いますが、中学生以上になると
自我の芽生えからか表情が気になるところもありました。
中には伴奏無しのア・カペラに挑戦している学校もあって力量を誇っています。

ボイストレーニングに力を注いでいる学校はやはり勝ち残ります。
口の開け方と立ち方ですぐにそれとわかります。
指揮者への注目の仕方も目の力と食いつきが違います。
そうなると客席への伝わり方も変わってきます。

合唱は人数が多いから指導者は一人ずつへの対応が本当に大変だと思います。
いわばチームプレーだからみんなで口を開けていればそれで良いというものではありません。
きめ細かに個人に対応出来る人でないと指導者は務まりません。
この年代は多感な時代だからものの言い方も大変だと思いますね。

テレビで見ているとつい見る方に気が行って歌詞に注意が行きません。
ラジオ放送だとそれがダイレクトにわかってしまいます。
飛び抜けて聞こえてくる人、何を言っているか聞き取れない歌詞、
発音のトーンの統一。
各パートの縦線がきちんと揃っていないとか、さぞ大変だろうなとつい同情したり。

でもそれをカバー出来るほどの楽しみも存在します。
私も7年合唱経験を持っているので聞いていて懐かしいです。
あの声の響きの中に埋まって隣の人と声を合わせ、和音の響きに身をゆだねる恍惚感!
オーケストラや吹奏楽とはきっと違うあの感覚は経験しないと
わからないかも知れませんね。

知らない集団で歌うのでなく、みんな知ってる間柄で歌うから楽しいのです。
気持ちの繋がりが歌を生み出し和音を紡ぎ出します。
それを利用出来れば驚くほどのステップアップも可能なのですね。

やはり合唱は素晴らしい!!

タグ:合唱
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2007年09月08日

閑話休題・・・・

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昨日の日記のコメント欄に、はなさんからお礼を頂戴しました。

見もしない、声も知らないという間柄でもお役に立ったということが
心底嬉しいコメントでした。

手探りで自分のやってきたことや、勉強してきたことを書きつづっている
ただそれだけのブログでもお役に立てて幸いでした!
またしっかり精進したいなと思っています。
一生たゆみ無く歌い続けていって頂きたいですわ。
どうぞこれからも頑張って下さいね!

そして、これまで20年近くボイストレーナーをやってきて
覚え書きを書き留めておこうとしたことは正解だったようです。
雲を掴むような、自分が習ったことや思いついたことをミックスしたような
そんな漠然とした物から、形が段々現れて来たように思います。

先生から習ったものが実はそれ以上にこんな意味を持っていた
ということもひしひしと感じていますし、単に他の人が書いた物を
読んでの受け売りではなく(初期はそんな感じでした)自分の身体を通しての確信や、教えてきたことが確実にその生徒さんのステップアップに
繋がっているのを見るにつけ、書いて良かったという喜びがあるのです。

また生徒さん達からレッスンを通しての生の感想を聞かせて頂いたり、
年上の生徒さん達からサジェッションを頂けたりと、私は常に
発展途上にあるのだと、そう思えることも嬉しいことです。

多分ボイストレーニングが完成されることは無いと思うのです。
それほどに唯一無二の人間が集まってこの世界が形作られているということなのでしょう。

話があちこちに飛んで読んで頂くのも申し訳ないのですが、
無駄と思えることも実は後で考え合わせたら大きな意味を持っていた
ということが人生にはありがちなことなのです。
どうぞ辛抱強く前後に飛ぶ話から大きな何かを一緒に
くみ取って頂きたいと思っています。

皆様へ 感謝と共に・・・


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2007年08月12日

喉自慢は面白い!

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日曜のNHKの喉自慢を見ておられますか?
戦後まもなく始まった番組でもう確か60年記念番組も見た記憶があります。

しばらくは歌曲やオペラのアリアなども歌う人がありましたけれど
今はそんな人は年に一人も見かけませんね。
歌には流行廃りがありますから当然でしょうけれど。
民謡もぐっと減ってきましたね。

まあそれはともかくとして、仕事柄あれほど興味深い番組はありません。
どんな姿勢をしたらどんな声が出るのかとか、年齢と声の相関関係とか、
毎回鵜の目鷹の目で視聴していますよ。

若い人の声はやはり声帯周辺の筋肉が柔軟だから、声区の切り替えも
殆ど困ることなく見事にクリアしています。
私位の熟年ともなると高音域が狭まってきたり、筋肉の老化でしわがれたり
色々問題があるんだと参考になります。

特に声区の切り替えなど、それがうまく出来ないために
歌として不味いことになる事が多いのです。
つまり低い音から急に高い音、もしくはその反対の場合を
これを読んで下さってる皆様は簡単に出来るでしょうか?

大抵の人は引きつったような声になってしまうのです。
その為にも発声練習は欠かすことが出来ません。
低音域から高音域まで無理なく容易に出すことが出来ないと
歌として価値がないものになってしまいますからね。

これも生まれつき早く走れる人とそうでない人の差のようなもので
きちんと訓練さえすれば誰でも出来るようになるのです。
とはいえ習得に個人差があるのは当然ですけれど。

それと年齢が上がるに連れ、その人の年輪を感じさせるような歌に
出会えるのも、この番組を楽しみにしている理由です。
人生経験がそれをにじませてくれますからね。

この番組と何も関係はないのですが、私も歌っている人間を
彷彿とさせるような歌が歌いたいと早く年を取ることに
憧れていた時期がその昔にありましたね。
ちゃんとその通りに一応はなれたようで少しは満足していますが。笑

とにかく言えることは歌っている間は誰でも幸福だということです。
体調が悪いと歌うどころではありませんし、歌おうという気分になる事自体
ゆとりがないと出来ないはずです。
歌手はそれが仕事ですから、体調が悪かろうと歌う気分で無かろうと
歌わなければならないのですから、それはそれで問題がありますが。

しかし歌う技術を少しでも身につけると、一生抜け出せないほどの魅力が
歌にはあるんです。
ボイストレーニングは一種のスポーツだと昨日も書いたのですが、
スポーツという次元を抜けて「歌」そのものをずっと楽しんで頂きたいなと
いつもそれを願っていますよ。

タグ:声区
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2007年08月11日

これから暫く夏休みです

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さっき仕事が終わって整体に行って戻ってきたところです。
最近おなじみの整体士さんに言われることは
肩こりの様子が変わってきたことと、猫背でなくなりましたね。
私の仕事で猫背なんてとんでもない事なのですが、
もうこの整体士さんとは5年程の付き合いになるのです。

確かに1年ほど前までは体中の凝りがまだひどくて、
彼から言わせるとまだまだ猫背だったんだろうと思います。
それが見違えるようになってきたのは生徒さん達と本格的に
ストレッチや筋トレに励むようになったからと、
何より肩胛骨を意識して引き下ろすということを自覚したからでしょう。
ほんのちょっとした身体の一部を自覚するだけで変わるんだなあと
自分でも驚いています。

暑い時期に何をやっても疲れに結びついて逆効果を招きやすい時期です。
何よりも身体を休めてやることが最重要だとわかりました。
秋に備えての身体のメンテナンスと、休日の開放感を心にも与えてやろうと思います。

先日書いた広背筋と大腰筋の効果は素晴らしく、どの生徒さん達も
生徒さん本人でも驚く声を出してきています。
声に芯が出来て密度の高い声になるのです。
もちろん高音部も上半身の圧力を上げるので、首さえ緩めれば軽く声が出せます。
でもこれが私が要求してすぐに体勢が整うのは、普段の筋トレやストレッチで
自分の身体とおなじみになったからです。
急に言っても出来る訳はないのです。1回ずつの積み重ねが効果を上げているのです。

70代の生徒さんも「この年になってこんな事になろうとは思わなかった!
もっと若い時にわかってたらよかったのに、惜しいことをした」
と言って帰られました。

ボイストレーニングは一種のスポーツです。
筋肉を使う喜びと達成感が身上です。
その楽しみをどうやら見いだされた様子です。
「ここに来たらお腹が空くし、身体が柔らかくなって言うことはない」
とも言われたことを付け加えておきましょう。



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2007年06月26日

検診の結果

私の住んでいる高槻市では市民検診があって、40才以上の人が
受けられるようになっています。
昨年はうっかりで受けられませんでしたが、今年はきちんと受けてきました。
検査の結果はもちろん異状なしということでとてもほっとしました。

私の年代で全く何も異常がないというのは珍しいかも知れませんね。
せいぜいメタボ気味で座骨神経痛持ちくらいのものでしょうか。
生徒さん達に常日頃健康に関することばかり吹いていますので、
これで何かあったら話になりません。
そういう意味でも本当にほっとしています。

そんな私でも足首だけが異常に冷たかったり、喉の渇きが以前と比べると強いとか、
胃の消化能力が落ちている事をこの2〜3年で感じたりしています。
半世紀も経つと徐々に機能が落ちていくのは否めないことでしょう。
自分の身体と向き合いながら持っている能力を高めつつ、残る人生をやっていきたいと
ひそかに思っている最近です。

身体能力と反比例して、音楽に対する能力の向上はめざましい物があります。
ついこの間まで知り得なかったことを自分の物に出来るこの快感は何物にも代え難いです。
最後の瞬間までこれが持続することを願って止みません。
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2007年06月06日

私も歌わねば

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生徒さん達と発声練習をしているということは、自分だって練習に
毎回参加してるようなものなので、歌ったら良いんですけれど。

伴奏の練習やレッスンの事に関して本を調べたりしていると、何だか
もうお腹が一杯というような気分なのです。
それでついつい自分の練習などしませんねえ。

それでも時々夜中に伴奏の練習をしているとふと歌ってみたくなって、
デジタルピアノにカラオケのように伴奏だけ吹き込んだものが沢山あるのですけれど
それを使って丁度弾き語り状態で歌うことがありますね。
伸ばしたいところで伸ばせないのがいやですけれど、まあ無いよりはましですか。

大体イタリア歌曲などたっぷりしたフレージングの曲が好きで、
十年一日のように4,5曲しか歌うことは無いのですが。
もし人が聞いていたら、この曲しか知らないのかと言われるほど
同じ曲をずっと歌っています。
メロディが好きなことももちろんですけれど、定点観測しているように
自分の上達や問題点が見えてくるのでそうしています。

興が乗ってくるとMDに吹き込んだりもします。
室内をサラウンドシステムにしてあるので、劇場内で歌う設定にしたりして・・・笑

ここまで来るともう止まりませんね。
聞き直しては入れ直して、気が付くと相当時間が経ってたりして慌てます。
レッスン室で聞くともうこの辺で堪忍しておいてやろう等と思いますが、
そのMDを寝室に持ち込んで寝ながら聞くんです。

こうなるともうだめです!
レッスン室で聞こえなかったアラが目立つんです。
そうなると眠気どころか殆ど自前覚醒剤! 爆
まあそのうち自分の声が子守歌になって一応眠りますが・・・

しかし一年サイクルで考えてみると確かに自分でも上達しているのがわかります。
出来なかったことが易々と出来るようになっているし、息が足りずに涙を呑んでいた
フレージングが出来ていたりして、もうその時の嬉しさったらありませんね。
そうなると新しい表現が出来るなと、もう一度読譜を検討しようかとか思えます。

どうせ一生歌っていたってこれで良いということはありません。
でもいつも現在進行形で上達出来てる自分を確認出来ることは嬉しいことです。

自分が歌ってみると、身体の中で起きる感覚をつぶさに観察も出来ます。
これが生徒さん達の感覚を掴むことになるので、やはりちゃんと歌わなくてはなりませんね。

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2007年05月28日

私はお節介焼きでしょうか

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土曜日の夜11時過ぎからNHK教育で「トップランナー」を見ています。
但しオンタイムではありません。いつも録画をしてまとめて見ています。

ここで具体的に歌手の名をあげるとこの前の人のように
ここの検索でいつまでも名前を引きずりますので書きません。
興味のある方は新聞などでお探し下さいね。

まだ若いこの歌手は初めてのロングインタビューだそうで、
それでもかなり楽しそうにおしゃべりをしていました。
私は夕食を作りながらテレビを聞きますので顔は殆ど見ていません。
でもその声はひどくかすれて、風邪?ひょっとしたら声帯ポリープ?と
かなり気になったので思わずこの人の顔を見てしまいました。
話し声の段階から私にそう思わせるのはかなり気がかりです。

歌になってから特にこれは怪しいと思いましたよ。
声帯同士がきちんと接触していないから息が漏れて、特有の
さび付いた声が10代のそれとも思えない痛々しさでした。
さび付いた声は声帯に炎症が起きているので乾燥しているからです。
この歌手は気が付いているのかいないのか、将来の夢を語るばかりで
何もそんな事には触れもしませんでした。
風邪の症状でそうなら良いのですが・・・

ポリープは発声を変えない限りいくら手術をしたとしても再発して、しまいに声帯結節に変化する事があるので軽く見てはいけません。
声帯結節というのは「タコ」の事でこれが出来たらもう治すすべはありません。
以前にも書きましたが、日本人ほど声に無頓着な国民も居ません。
無頓着で済めばいいですが、病変さえそれと気が付かないというのは
余りに怖いことです。
はっきり言いますがこれは病気ですから!

若い歌手がこれによって声をなくすのは見るのもしのびがたいですね。
メジャーデビューしたって聞いていますから、具合が悪いから
といって多分休ませてはくれません。
お金がかかっていますので会社だって必死でしょうから。
これで声をなくして再起不能とかになったら見向きもされなく
なるかもしれません。
音楽業界もビジネスですから世知辛いのはどこも同じです。

シンガーソングライターは詩とメロディさえ良ければ、歌い方も
ましてや発声も全く関係のないことだと思われているかも知れませんね。
でもこのブログの初めにも言いましたが、声の健康を守ることは
ボイストレーナーの存在が必要であることの理由の筆頭なのです。

健康ブームで栄養面ではまるでどこかの大学の講義に紛れたか
と思うほど知識が氾濫している中、声の健康や喉が痛くなるような
歌い方はしてはならないことなど初歩の初歩でしょう。
声がなくなれば外界との伝達手段は失われたも同然なのですから、
もっと関心を持って頂けるような配慮をされるべきでしょうね。

とにかく最低限、声の健康を損ねない歌い方をして頂きたいと思います。

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2007年04月30日

やるならとことん!

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やっと長かった発音練習や早口言葉の項目を書き終えました。
毎日うんざりしつつでしたが、書いておかないと
自分のためにもならないので、「やり出したらやりきってしまう」
という信条を貫きました。

元々私は何をやらせても飽きっぽい人間でした。
自分でもそれが嫌で仕方ありませんでした。
そんな私がこうなれたのは編み物のお陰なのです。

子供の頃から祖母が編み物をしているのを見ていたので、
小学生頃からかぎ針編みを祖母に習って編んでいました。
といっても、飽きっぽいのでどれも仕上がりませんでしたが・・・
それでも手を動かしているのは好きだったので色んな編み物に
挑戦しては一応楽しんでいました。

ある日編み物の本を買ってその中の編み目の符号が
とても気になりました。
全く初めて見るものだったからです。
なぜそんなにそれがそこまで気になったのか不思議なのですが
この飽きっぽい人間が2ヶ月間その解明のために夢中になってしまい、
何百回となくほどき直したり、本屋に行ったり考えつく
ありとあらゆる手段を講じました。

まず閃いたのは毛糸屋さんで教えてもらうということでした。
ところが毛糸を買わないとだめだといわれ、その言い方が
とても腹が立ったのでいよいよ意地になって自力で乗り越えるぞと
孤軍奮闘!
出来た時のあの感動と喜びは今でもはっきり覚えています。

その後それが引き金になって独学で編み物の製図から全て覚えました。
手が緩い(編み目が柔らかい)のがどうもいけないのですが、
パターンを起こしてデザインを考え、ゲージ(何センチに何目あるか)
を取って編み目の計算をして、実際に出来るあの楽しみったら!

その後余りに仕事が忙しくなってそれ以来編んでいませんが、
それが頑張るとはどういう事かを私に叩き込んでくれました。
人間どこで何が変わるかわかりません。
好きだと思ったら徹底的にのめり込んでやればいいのです。
そののめり込みがしなやかさやしぶとさをあなたに与えてくれます。

人間のやることですから何をやっても大体たかが知れています。
もちろん偉大な技術はありますが、人智を越えるなんて事は
もちろんあるわけがありません。
一つの分野に長(た)けたらそこで鍛えた勘や経験が
他の分野でも必ず活かせる事が出来ます。

例えば一番初めに書いた立ち方や骨盤の回し方などを知っておくと
本当に色んな事がその延長線上に生きてきます。
発声の基本について書きはしていますが、もし他の分野に長けている方が
これに目を通して下さってるとすれば、あちこちで頷いて頂けてる
のではないかと思います。

色々な分野に好奇心を持って人生を豊かに過ごして頂きたいなと思います。



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2007年04月26日

そろそろと

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長々と発音についてお話してきました。
次の項で最後になります。
よく我慢して付き合って下さいましたね。

歌に歌詞が付いている以上発音に背を向けることは出来ません。
ナレーションや朗読をされる方は尚更でしょう。
ナレーションの方にはアクセントに関しては記述していなくて
申し訳がないのですが、アクセント語辞典で何度も確かめて
自分の物として頂きたいと思います。

さて
次の項は「無声化」についてなのですが、前回生徒さんの話で
ちらっと触れました。
歌う人にとってはこれを知っているいないでは、表現の差が
余りに歴然とするでしょう。
歌があか抜けないなと悩んでいる人には、多分答えになるかも
知れませんね。
外国語から日本語の歌に入った人には大した問題とは
思えないかも知れません。

心して読んで頂きたいと思います。

posted by キミコ at 21:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月19日

気がついたこと

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久しぶりに生徒さんの話をしましょう。
歌ってもらっていて何か違和感があるのですが、それが何なのか
やっと昨日気がついたのです。

その人はものすごく声が美しい人で、それだけでうっとり
してしまうのですが。
でも歌は残念ながらスキャットばかりとは行きません。
歌詞が付いてるのが普通ですから、それとメロディとの兼ね合いで
苦労するのですものね。

その人の持ってきた楽譜には、1つの音符に文字が
3〜4個ついているのです。
日本語の歌では普通は音符一つに対して文字は1つですね。
ということは文字と文字にかかる時間はごく短いということです。

その人はその運びがとてもヘタなのです。
丁度たとえるなら、最新流行の洋服を着ているのに、足元だけぞうり、
または美しくお化粧してるのに恐ろしく行儀が悪い。
とそんな感じでしょうか。
とにかく聞いていてすっきり聞こえてこないのです。

私はそれに対して単に文字と文字の間を短くすればよいかと助言していました。
ところが、涙ぐましいフレーズの繰り返しの末成功したのですがやはりオカシイのです。

何度聞き直してもオカシイのでとにかく身体の動きに注目しました。
観察していると殆ど腹部が動いていません
おへそに指を突っ込ませてみましたが、やはり大して動かないのです。

つまりこの人の問題を解決するのはこういう事だと思いました。

最近このブログでずっと子音の発音について練習をしていますね。
子音を発音するのに大切なことは息の圧力を強めることです。
吐き出すように、喧嘩してすごい勢いで悪態をつくように
発音されなければなりません。
息の圧力が強まるということは上半身の筋肉が使われて膨張して見えるということです。

最終的に言えることは一番初めの文字の子音を無声化させないと
圧力が弱まって、
続く文字を発音する時間が長くなってしまう。
という事になるのです。

関西人にとって子音だけを発音するという事は考えられないことなのです。
この人にとっても関西人である故それが出来ないのです。

歌詞は例えば「かえして」という言葉だったとしましょうか。

冒頭の「か」の「K」をしっかり息を吐いて
次に来るはずの「A」については発音しないことが「無声化」という意味なのです。

関西人はこれが出来なくて有声化させて次の母音にすぐに移行してしまうのです。

つまり歌唱時には「Kえして」と発音しないと
残りの「えして」
母音「A」に時間を使われてしまって
音符の要求する所要時間内に入り切らなくなってしまうのです。

この人の歌がぱっとしなかったのはつまりはそういうことだったのです。

いやいや
本当によい勉強をさせて頂けました。

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2007年04月14日

響きについて 実感したこと

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先週から些事でばたばたしているという最悪パターンの毎日が続いていて、
お陰でやっつけ仕事のようにこのブログを書いています。
本来楽しんで書かなければ何も意味がないと思うのですが。

さて、昨夜テレビを見ていてあっと思ったことを書きます。
私はNHK教育テレビが好きで、大抵ここにチャンネルを合わせますが、
「美の壺」という番組で、骨董品などに対する蘊蓄や
審美眼を養わせてくれる大好きな番組なのです。

昨夜はゼンマイ時計だったのですが、時報は機械のどの部分から
聞こえるかということでの解説がありました。

太い針金を蚊取り線香のようなうずまきに曲げたものを
ハンマーが叩くことで時報が聞こえるのです。

そのパーツを取りだして鳴らしていましたが、単にちーんと
聞こえるだけで響きが全くありません。

次にそのパーツを板に取り付けて鳴らすと後ろの板に反響して
先ほどよりはましに聞こえます。

最後にそのパーツを時計の中に収めて鳴らすと見事に
時報の音として鳴るのです。

それを見ていて、丁度声帯が響くという原理を思い出したのです。
声帯自体は単に空気の通り道でその「原音」はひゅーひゅーという
空気の出入りの音だけしか鳴らないのだそうです。
ところがそれが顔の骨格や口の中の形の加工で色んな音色に変化する・・・
まさしく時計のパーツと同じなのですね。

身体という反響板を作らなければどんなに良いパーツだったとしても
それは成り立たないのだと悟らされたことでした。

ここの生徒さんのことですが、その後順調にレッスンが続いています。
同時に堅い身体を何とかしなければというわけで、ストレッチも続行中ですが
彼女は膝の痛みを抱えていて、お医者様には治療の必要無しといわれているけれど
やはり痛くて正坐が出来ないと言っていたのです。
それが毎週のストレッチでおとつい身体を動かしている間に、
ふと正坐が出来たと大喜びでした。
毎週少しずつ身体が慣らされていってしなやかになるのが楽しみだと言います。

身体が楽器なのです。
錆びたパーツは磨く!足りないものは足す!

堅い身体では良い響きは作れません。
ぴかぴかの身体を保って欲しいものです。

ストレッチに筋トレ、そして脱力です。
そして何よりも研ぎ澄ませた心と体であなたという楽器を
見極めて欲しいのです。



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2007年03月18日

言い忘れが多いです

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言い忘れというより、私の中では了解済みの事が
他の方にとってそうでないというのがよくわかっていないのです。
生徒さん達と接していて痛感するのにやはりこういうところに
ブログの限界を感じますね。

「竹内敏晴」という方をご存じでしょうか。

http://www.ne.jp/asahi/butoh/itto/takeuchi.htm

この方は野口体操というキーワードから本屋で「出会った」人です。

錚々たる経歴をお持ちですが、子供時代から耳が悪く
言葉を取り戻せたのが中学生になってからという経歴がすごいです。
耳が聞こえるという感動と驚きが私を打ちました。
だから「声」という事に関して新鮮な感覚を私に教えて頂けました。

中公新書「声が生まれる 聞く力・話す力」を読んでいます。

そこに書かれていた言葉ですが、
「喉から流れ出る原声音は流れ続けて変わらない」

この言葉で書き忘れていた事を思い出したのでした。
よく考えたら生徒さんを見ていると、一音ずつ切ってる人が多いのです。ずっと息を吐き続けながら言葉が流れていくという感覚なのです。
川の流れのように息が続いているのであって、ピアノの鍵盤を
押すように一つ一つの音を独立に出して絡みあわされば、
一つの話し言葉ができるというわけではないのです。
大丈夫でしょうか?
普通の会話のように一つずつの音が組み合わさって早口言葉を
練習して頂けているでしょうか?

posted by キミコ at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月15日

トレーニング以前・・・・

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最近、熟年層はとても意欲的に動いているようです。
一昔前のように家に引きこもって、という風な人は
少ないようですね。
私の世代の少し上の層は「団塊世代」なのです。
戦後の経済成長の恩恵を受けていますから、
消費する楽しみを知っています。

その消費先は単に楽しみだけにではなくて、
自分への投資という方向性を持っているように思えます。
案外「錦の御旗」なのかも知れませんが、それはさておき
とても素晴らしい考えだと思います。

私は現在スポーツジムに通っています。
もうこの6月でまるまる5年になるのです。
夫が誘ってくれたのに乗ったのですが、
面倒くさがりの私ですから夫が荷物と共に私を
ジムに届けてくれなかったらあっさりと1月もしないで
断念していた事でしょう。

実は私はスポーツオンチなのです。
身体は有り難い事に柔らかかったのですが
どうも動く事が苦手でじっと座って本を読むのが
何よりの楽しみだったのです。
50メートルを12秒という超低速で走る才能の
持ち主なのです。
そんな風な人間が何で運動会を楽しみに出来るでしょうか。

というわけで学生時代はずっと運動を避けて来ました。
クラブ活動は美術クラブと聖歌隊でした。
筋肉などつくわけもなく155センチで30キロ台で
大学を卒業しました。

そんな私でも神様のいたずらなのか声楽を勉強する事になって
いやでも自分の身体と向き合う事になるとは・・・

明日に続きます
posted by キミコ at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月24日

私だって!part2

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具体的にコメントを頂けると有り難いものです。
読者の皆様にとって興味津々な事が私にとっては
当たり前でやり過ごしている事が多いのですから。

猫背だというお悩みを寄せて頂きました。
それについて少しお話をさせて頂こうと思います。

実は私もかつてはそうでした。
両肩の先端が胸の方に寄っていました。
多分猫背の方は実感がないと思いますが、立った姿勢で両手を
何も作為せず下ろしてください。
多分太ももの所に指が当たると思います。

本来なら指先はきちんと身体の側面、つまり衣服の横の縫い目に
ぴったりと添うものです。

そのままの位置で鳩尾とおへその距離を開けてみてください。
多分脇の下にヘンな痛さか違和感や圧迫感を感じるはずです。

では指先をちゃんと本来の位置に置いて同じように
距離を開けてください。
きっと酸素が胸一杯に飛び込んで爽やかな気分が押し寄せてくるはずです。

その感覚の違いをまず味わって頂きたいのです。
気持ちが良いか悪いかを脳に刻みましょう。
日常に紛れさせることなく常に自分に聞いてやるのです。
「今どう?気持ちいいかな?」とか「指先は側面に付いてる?」とか
絶えず自分を見張ってください。

私は今思えば猫背の頃には何かにつけて自信が無く迷っていたと思います。
仕事にも人生にも自分にも・・・
考えている事は姿勢に現れて来るものです。

あなたの身近にも姿勢の悪い人は居ませんか?
その人について思い当たる事はないでしょうか?
大体内気な人が大半を占めているようですが・・・・

「まず形ありき」という言葉がありますが、私の場合は生徒さんに
姿勢についてお話ししたり、人の振りを見て我が身を直して見たり
しているうちに気が付いたら直っていました。
多分実践する事で気持ちの良さを優先して行ったのだと思います。

正しい事だけをするのでなく、間違った事を実践してみるのも
自分を見直す事になります。
私は人が悪いのか勉強熱心なのか、道を歩いている人でその姿勢が
気になった人があるとひそかにマネをする事にしています。

そうするとその人について私が気になった箇所がとても不快だ
という事をその人と共に実感出来るのです。
不快な事を実践してそれを体験すると、それを避けるように動けるようです。

この方法は私の教えるための練習でもあるのです。
実感してそれをどう直すように言葉に出すのかの練習です。
自分に関する情報にについて無意識ではなく意識に上げる事です。
そして常にそれについて観察し、見張る事!

これ以外に直す道はないでしょう。

タグ:自己観察
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2007年01月22日

私だって

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昨日の話から今日は自分の中で思い出す事が色々ありました。

実は私自身すごく引っ込み思案で人前は苦手なのです。
それは今も少しは続いていてかなり人見知りなのです。
と言うと誰からも驚かれるのですけれど本当です。
人前で歌っていて、歌ってナンボって書いておいてオカシイですよね。汗

私はもちろん子供時代からピアノを習っていました。
とても良い先生との出会いがあって中三の時から本格的に勉強をしたいと
思うようになりました。
高一のある日突然先生が「コンコーネ」という声楽の教本を私に渡して
さあ来週からこれもやるから!と言われたのです。
まさかこれが歌との出会いになるとは!

最近の高校生くらいなら人前で口を開ける事など別に気にもしないのかも知れませんが、
私の年代の頃には人前で口を開けるなんて、まして声を出すなんて!
という風潮でしたし まして引っ込み思案の私にはかなり苦行な事でした。
恥ずかしくてまず声が出ないんです。
先生だって声楽の専門家ではないし、私に指示を出されるのですが
どうも伝わりません。
単に恥ずかしいだけという日が過ぎていきました。

そんな私が今こうしているなんて、先生が亡くなられたので報告も出来ませんが、
音キチの先生でしたからきっと喜んで居られる事でしょう。



昨日の話に少し足して書きますが、ボイストレーニングには単に声を鍛える
という面だけでなく
身体を改造してそれを生活や生き方に活かすという面もある
と、昨日書いたことに足して朝思い出して居たのです。

まず生徒さんが私に求められる事はきちんと立てる事です。
きちんと立てて腰の位置を決められる事、それを生活の中にも生かす事です。
レッスン室で歌う時だけがボイストレーニングではないのです。
声は日常においてその人の存在の一部でもあるから切り離す事は出来ません。

これを自分に浸透させて段々姿勢が日常の中に生かされていきます。
生徒さんがレッスン室に顔を出した途端に存在感が感じられるようになると本物です。
そうなるとどこへ行っても好む好まざるに関わらずかなり人から注目をされるのです。

昨日も書いたように私も自分の先生の発表会でそれを気づかされて愕然としました。
その日から私は実は人に注目されていた事を悟りました。
遅すぎますよね。だって師事してから30年以上経って悟ったんですもの。

ボイストレーニングを受けて声を鍛えるという面だけでなく、
素敵な自分を見つけて磨いていくという面でも利用して頂きたいと思います。


posted by キミコ at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

歌う事で変わった人生

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また以前の生徒さんの話をします。

50代になるかならないか位の奥様で、全く歌とは無縁だったけれど、
丁度その頃全盛だったカラオケをものにしたいとレッスン室に来られました。
彼女も非常にハスキーな声で初めは全く声になりませんでしたが
随分頑張りやさんでしっかり腹筋も鍛えて忠実に練習をこなした結果
半年ほどで徐々に声が出るようになってきました。

彼女は専業主婦で、積極的に外を出歩く事がない方でしたが、
声が出だすと自信がついて来るというお決まりコースで、
カラオケ愛好会に入会され忽ち幹部にのし上がり、朝から晩まで
テープを聴いては練習に明け暮れてはカラオケコンクールや
しまいにはテレビのカラオケ番組にまで出演されるようになったのでした。
もちろん持ち前の頑張り精神で全て入賞でしたが。

その結果以前は余りぱっとした服装やお化粧でもなかったのが、
徐々に洗練されて行くのも見ていて面白かったものです。
ちょっとした「自前マイフェアレディ」といったところでしょうか。

私でもそうなのですが、歌うという行為は正面きってお客に顔を向けるので
初めはブルブル震えるほど自信がないものが、最後には楽しまねば損!
とばかりに「見られてナンボ」状態になっていくのです。
そうでもないと怖くて人前では歌えませんからね。

私の親たちの介護で演奏から遠のいていた時に、師事していた先生の発表会で
客席から仲間達の演奏を他人の目で見た時に、歌う人ってやっぱり
ハデに見えるのだなとはっきりと悟った事でした。

つまり人目を意識するので、普段でも服装には気を遣うようになります。
それに音楽の演奏分野の中でもダントツに姿勢の良さを問われるでしょうね。
というわけで歌うという行為はかなり人目に立つという事になるのです。

引っ込み思案の人には最高の治療となる事でしょうね。


posted by キミコ at 00:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月03日

NHKのオペラコンサートを見ました

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毎年見続けているオペラコンサートですが、今年ももちろん見ました。
私が若い頃と違ってどの出演者も驚くほど達者で自分の声をよく知ってるなと思います。
最近は留学することが当たり前だから水準も高くて安心して聞くことが出来ます。
その所為なのか毎年同じ人が出演するという事が当たり前でなくなったのはいささか残念です。
毎年同じ人の歌を聴くことで、その人の力量や成長の跡が見られるのに・・・

まあこんな場所に出ている人たちですから多分一生歌い続けられると思いますが、
私の年代の人たちで地道に勉強を続けている人のまあ少ないこと!
多少稚拙な技術でも人生を経るに従って経験や軌跡が付いて、素敵な歌になるのに勿体ないことです。
若い出演者の歌を聴かせてもらうに付け、とにかく地道にこつこつと続けていって欲しいなと思いました。

コッソットさんが出演されておられましたが、さすがに70才を回って声が揺れるのは致し方ないとして
圧倒的な存在感と戦慄が走る歌には口を開けるばかりでした。
表現力にうまいヘタは確かにあるとしても、長く歌っていくとそんな風に表現も出来るのだなと
「継続は力なり」という言葉は伊達ではないと思い知らされるものでした。

私も現在は一人で歌う場所はないのですが、しがみついてでも歌いたい人間ですから
きっと口が開けられなくなるまで、死ぬまで続けているのではないかと思います。
そしてそれより何より、歌いたい、声を出したいという人のお役に立ちたいと・・・
それが今年も私の一番の生き甲斐なのです。
posted by キミコ at 22:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする